今日も今日とてメイドの彼女はナツキの部屋に向かう。
部屋に入るなり彼女は目を疑った。
ナツキが腕や体に傷を負い、涙目になりながら自分で処置していたからだ。
『坊っちゃん、その傷は?』
ナツキは俯き黙っていたが、彼女が無言の圧力を掛けてくるので渋々ぽつりぽつりと事情を話し出した。
クラスメイトたちに虐められていること。
それを担任に伝えようとしたが見つかってしまい、言えばもっと酷い目にあわせると脅されたことを。
それを聞いた彼女が主に報告をしようとすれば、ナツキはそれを拒否するように彼女の腕を掴んで止めた。
彼女はこういうことはきちんと報告するべきだと言ったが、ナツキは黙ったまま彼女が報告するのをやめると言うまで腕を離すことはなかった。
『(どういう理由にしろ、問題を起こせば捨てられると思っているのかしら⋯⋯)』
彼女はため息をつき、自分からは報告しないことを約束したのだった。
***
小学校で虐められる日々が続き、ナツキは学校に行く度に傷を増やす。
傷は服で隠し、顔のアザは隠しきれないが遊具で落ちてしまったことにしているので彼女以外は虐められているということは知らないままだった。
だが、我慢にも限界はある。
ナツキは仮病を使い度々休むようになっていた。
暫くは彼女も黙っていた⋯⋯が、当然このままでいいはずもないのでナツキが仮病で休む度にこっそり外に連れ出して護身術を教えていた。
ある日、食事の時間に両親が『明日、旅行に行こう』と提案してきた。
弟は喜びはしゃいでいるが、ナツキは顔には出さないが内心まったく喜べなかった。
"家族"を見れば、祖母はナツキには興味が一切ないと言うように弟しか見ていない。
両親ははしゃぐ弟を見て嬉しそうに微笑んでいる。
ナツキはこの"家族"と旅行など行く気になどなれないので断るのにどういい訳をしようか考え、迷った末に体調を理由にした。
両親は心配して延期しようかと言っていたが、祖母はそれでは弟が可哀想だからと何だかんだ理由をつけて両親を説得する。
結局、"家族"はメイドや執事がいるのだから大丈夫だろうとナツキを屋敷に残して旅行に行くことにしたようだ。
両親が心配していたふりだけ見せたのか、本当に説得されたのかは定かではないが、ナツキが居ようと居まいと関係はないというように旅行の話に花を咲かせている。
周りの使用人たちは何も問題ないというように聞いていたが、ひとりの執事は心配そうにナツキに視線を向け、ひとりのメイドは呆れ顔で"家族"を眺めていた。
両親不在の間、ナツキはメイドの彼女に遠くの町まで連れられて買い物に来ていた。
その途中で彼女とはぐれ、暫くたっても見つけることができず見知らぬ場所で心細くなってメソメソと泣いていると女の子に声を掛けられた。
その子とナツキは面識はない。
まったくの初対面ではあるが、女の子は泣いているナツキの手を躊躇いなく握って近くの公園のベンチまで案内する。
ポケットをごそごそと何やら探しているかと思えば、可愛らしい絆創膏と飴を『どうぞ』と渡してきた。
どうやら女の子はナツキの腕の傷跡を見て、痛くて泣いていたのだと勘違いしたようだ。
ナツキはそれを察してお礼を言って受け取る。
もう傷は治りかけていたが自分を純粋に心配してくれたことがとても嬉しく、無意識のうちに涙が零れ、ナツキはまた泣いてしまった。
女の子はナツキが泣き止むまでよしよしと優しく背中を擦り励ます。
暫くして彼女が公園にたどり着き、無事に再会することができた。
彼女は女の子と同じ目線になるようにしゃがみ、女の子にお礼を伝えた。
お礼とお詫びの品を贈らせて欲しいと名前と住所を尋ねたが、女の子はまだ自分の住所は覚えられていないという。
それを聞くと彼女は買ってきたであろうお菓子を迷わず渡した。
綺麗な装飾が施された缶だ。女性に人気のお店のものらしい。
日も暮れて来たので女の子を家に着く途中まで送り、彼女とナツキは屋敷に帰る。
女の子とはそれっきり会うことはなかったが、次に会う時には、自分を助けてくれた女の子を守ってあげられるような存在になりたいとナツキは密かに心の中で強く思うのだった⋯
***