[××年前──]
(メイドの彼女は雇い主の子息の世話をするべく部屋に足を運ぶ。
部屋をノックし、部屋を開けるも誰もいない)
『⋯⋯はぁ。隠れても無駄です。出てきなさい』
(探すことはせず彼女は部屋の主に聞こえるように話しかける)
『⋯⋯出て来ないわね。仕方ないわ、外を探しましょう』
(彼女がバタンとドアを閉めると部屋の主は出てくる⋯⋯もう彼女は行ってしまった。居るはずのない自分を外で探す筈だろうと)
『やっぱり居ましたね』
(部屋から出て行ったとばかり思っていた彼女はまだ部屋の中に居た)
『⋯⋯騙した?いいえ、私は外を探しましょうと言っただけです。
誰もまだここで探さないとは言っていません』
(部屋の主である彼の目は赤くなっている⋯⋯泣いていたのだろう)
『今度は誰に泣かされたんです?』
(彼は口を動かそうとするが、思いとどまり口を閉じてしまう)
『⋯⋯。まあ、大方の予想はつきますけどね』
(彼は一瞬目を見開き固まる。そして彼は自分が言われたことを思い出してまた泣きそうになった)
『(くだらないわ。血縁者ではないというだけでこんなに差別的だなんて⋯⋯)』
***
彼⋯⋯ナツキは幼くして事故により両親を失い施設に預けられることになり、ショックで心を塞いでしまった彼には他人と接する気力はなく常に孤立してしまっていた。
施設で日々を過ごしていたある日、ある若夫婦が施設を訪れナツキを引き取りたいと申し出をし、ナツキは引き取られることになった。
若夫婦は実の子のようにナツキを可愛がり、愛情を注いでいた。
ナツキも徐々に心を開きかけていたが、両親の不在の間、祖母の言葉でまた心を閉ざしてしまう。
祖母は両親が不在の間、繰り返し言い聞かせてくる。
お前は死んでしまった一人息子に似ていたから引き取ってもらえた。
ここに置いてもらいたければ両親を喜ばせる為に生前の息子のように振る舞え、と。
血縁者でない自分という存在は簡単に捨てられてしまうものだと伝えてくる。
ナツキの心はどんどん沈んでいく。
後から生まれた両親の息子⋯⋯ナツキの弟が生まれてからは、両親も祖母も無意識にかそちらばかり構い、可愛がるようになっていた。
両親は愛情は注いでくれるものの、やはり自分の血縁者という事実は大きい。
会ったこともない誰かを、演じようと偽って生きているだけの自分よりも、素直に愛情を受け入れる弟の方を優先するのは当たり前だと幼いながらもナツキは理解していた。
ただ、理解していても虚しいものは虚しい。
自分というものを無くし、無理をして笑い、好きでもない習い事を続けて両親を喜ばせるだけ⋯⋯
弟が羨ましく、妬ましくもあったが、何かすれば自分はあっさり捨てられてしまう。
⋯⋯ナツキは部屋でひとりになる度、悲しくなり涙を流していた。
屋敷のメイドや執事は祖母が何を言っても聞こえてない振りをし、ナツキを腫物を触るように接する。
それもナツキにとって"偽りの家族ごっこ"を感じさせる原因でもあった。
だが、ひとりのメイドと、ひとりの執事だけは例外であり、祖母がナツキに話しかけようとするや否や割って入ってやんわり妨害していた。
特にメイドはそれだけでは足りないと考え──
『あなたの豆腐メンタルを補うには鍛錬よ。鍛錬を積むのよ。
力さえつけばあの老いぼれ⋯⋯(こほん)誰かに嫌味のひとつを言われたところで雑魚の戯言だと思えるわ。
さあ、今日も始めるわよ。私について来なさい』
ナツキがどんなに泣いて逃げようとしても毎日欠かさず護身術を彼に教え込むのだった。
***