今晩は、新入り。月見酒のお誘いかい?
けれどお酒を酌み交わすには遅い時間だ。もう正子(午前0時)を回ってしまっている。
…そう。寝付くことができないから私の部屋で夜を過ごしたい、と。
なるほど。枕を持参していたのは酒瓶と間違えたからではなかったようだ。
酩酊状態に陥ると途端に不思議な行動をする子に心当たりがあってね。君もそうかと勘ぐった次第だ。
ちょうど仕事に区切りがついたことだし、そろそろ私も床に就こうと考えていたところでね。
では君の気が変わらない内にベッドを共にしようか。
そう緊張しなくていい。私はもういい歳なんだ。欲情に負けて手を出したりはしない。
…欲情自体は湧き起こるのかという疑問に関しては、明日の朝まで秘密にしておこうか。



…件の彼は残念だったね。
今日初めて館へと招待したのだろう?君の家が見たいからと頼み込まれたのだったか。
館の主である私に黙って部外者を連れてこようとしたことを責めているのではないよ。
ただそう、話を通してもらっていたなら、麓にて出迎える選択肢もあったと後悔しているんだ。
あの日は本当に運が悪かった。数日前討伐したはずの大百足が現れるだなんて、誰が予想できただろう。
けれど最も驚いたのは、彼の懐から開錠工具がいくつも出てきたことだ。
きっと君の身なりから裕福な家庭だと判断し、堂々と盗みを働きに来たに違いない。

…新入り。妖というのは君が思っているほど清廉潔白な者は多くはないんだよ。
かつて現世で人として暮らしていた者が、悪事を働きすぎるあまり死後妖として黄泉返る例もある。
改心して真面目に生きる稀有な者も居るけれど、多くは己が悲運を嘆き非行に走ってしまう。
もちろん種族で区別するのではなく、相手の本性を見極めることが大切だ。
君はまだ百も生きていないだろう阿紫霊狐。これから見る目を養っていけばいい。

フフ、自信がないのかい?
心を開いた相手に裏切られたばかりなんだ。そう易々と切り替えることはできないだろう。
暫くは館でゆっくりと落ち着いた日々を過ごすといい。
私としてもその方が色々と都合が良い。そう、色々とね…。