俺は九州の地方都市で十年来タクシー運転手をしている。しかし最近は景気が悪くさっぱり客が来ない。そこでたまにはルートを変えようと思い立った。

その日俺が向かったのは市の北側にある霊園だった。当たり前だが霊園付近には寺や墓石の店が多い。墓参りを終えた客でも拾えたらラッキーだと思ってしばらく流していると、窓を閉め切った車内に何故か線香の匂いが漂い出した。

咄嗟に窓を開けて匂いを逃がしていると、霊園の前に立った女が目にとまる。片手を挙げてタクシーを止めようとしていた。早速シートに迎え入れるや、ぼそぼそした声で行き先を告げる。

送り届ける間も嫌な気配を感じていた。女は終始だんまりで俯いていて、こっちが話を振っても一切反応を示さない。するとまた線香の匂いが漂ってきて顔をしかめる。霊園からは離れたはずなのに、一体何故……

後部シートの女が丁寧に頭を下げた。

「すいません。私の匂いです」
「えっ?」

首をねじって振り向くと一際強烈な線香の匂いに襲われ、噎せ返りそうになる。謎の女は表情の読めない目で俺を見詰め、一言呟く。

「あなたじゃありませんね。人違いでした」

30分ほど走り続けて住宅街の一戸建てに着いた。

「ここであってますか」

確認すれども返事がなく、気付いた時には女はいなくなりシートに殆ど灰になりかけた線香が一本残されていた。
あとで知ったことだが、その家では先月奥さんが轢き逃げされていた。数日後に逮捕されたのは俺の同業者のタクシー運転手だった。











線香の体臭がする女