でも、きみが来たんだ。
(ふ、と灰色が持ち上がる。気怠げな目がこちらを捉える)いつも通り天城屋に戻ってきて、ロビーで山野を落とそうとしたら、きみになった。
山野と入れ替わるみたいに、きみが現れた。
……正直、あのとき何があったのかは僕もよく覚えてない。
それでもきみに引っ張られて、テレビに落ちて、何十回か何百回か振りに自分の意思で動けた。もしかしたら千も超えてたりして。
(はは、と笑い声を洩らしたその顔に、先程までの淀むような暗さはない)
(晴れない顔をしながら、それでもどこか気楽そうに後ろ頭を掻いた)何ていうか……助けられた、みたいな?
きみにそんな認識ないだろうし、むしろ何されるかってビビってるみたいだけど……
別に何かするつもりはないよ。今のところは、ね。
それで、次は提案。
乗りかかった船っていうか都合が良いって言うか……
様子を見るに、きみ、記憶がはっきりしてないんでしょ?
知識はあるけど、自分の名前とこの町での記憶もあるけど、それ以前がはっきりしない。だから、そんな顔してるじゃないの?
(そんな顔、というのがどんな顔かはわからないけれど、不安は伝わっていたらしい)
(「だからさ」と続く言葉。灰色はどこか楽しげに細められる)だから、どうせなら一緒に解決してみない?
一つは、きみが何者なのか。
一つは、どうしてこの世界が繰り返しているのか。
(一つ、一つ。挙げられる度に起き上がるのは人差し指と、中指)
(ピースサインもどきだなぁ、と思考が泳ぐ)規模が違うって言われたらそこまでだけど……
きみが来て、ループに囚われてたはずの僕が動けるようになったんだから、何かしらの関係性はあるでしょ。
(挑戦的に笑んだ頬を撫でるように、どこからか飛ばされてきた春色の花びらがひらりと舞った)
(……本当にこの人と行動を共にしていいのか、一体どのようにして二つの謎を解いていくのか、疑問は尽きない)
(けれど、彼が言ったようにこの出会いにも意味があるのだろう)
(物語の主人公たる存在ではなく、事件の主犯たるこの人に出会ったという理由が)あぁ、オッケーしてくれんの? 判断早いねぇ。
……それじゃあこれからよろしくね、協力者さん。
(どこかいたずらっぽく笑った足立さんの、そっと伸ばされた手を握り返した)
(これから先は、誰も知らない物語)
(いつの間にか知り得ていた知識も、どこまで活かせるのか分からない)
(いつ終わるのかも分からない一年が、今ここから始まるのだ──)→