どれ程逃げたのか。
現実味のないふわふわとした感覚で、それでも無心で遠くへ走った。
後ろに月彦さんの姿がないか確認する。
どうやら追っては来てないみたいだ。
浅草の路地裏は建物が多い分入り組んでいるから、きっと見つからないはずだ。
安堵感から一気に力が抜けて、膝から崩れ落ちるように座り込む。
そして、あの光景を思い出す。
月彦さんが男の首を引っ掻いたように見えた。
早すぎてよく分からなかったけど、確かに何かをしていた。
目があった月彦さんの後ろで、男性が頭を抱えていて、そしてその後騒ぎになったのも後ろ手に聞こえた。
間違いなく、月彦さんが何かをしたのだ。
どうして、と頭がぐるぐるする。
私はもう月彦さんに会えない。
それだけがはっきりとわかる唯一のことだった。
何故逃げる?