顔を上げた少女は何を思ったのか、突然謝罪と共に目を伏せた。
そして口元を鬼の血で汚した少女の手が痺れが走り続けている炭治郎の顔に伸び────手にしていた布のようなもので、頬に付着している血を拭った。
そのまま軽い足取りで背負ったままの箱に体を預けているであろう禰豆子を確認した少女は近場に腰を下ろすと、心底申し訳なさそうな顔をして再度ごめん、ね。と謝罪を述べた。

(やっと体の痺れが取れてきた……)

炭治郎達が動けるようになったのを感じ取ったらしい少女は腰を上げると付いてこいと言わんばかりに、少し進んだ先で待っている。

彼女が只の人間でないのは、先程の鬼を襲い喰らう姿。
そして今も鼻奥を突く匂いがありありと物語っているが、そこから炭治郎達に対する敵意などは全く感じられない。
禰豆子に目をやり強く頷いた炭治郎は鬼の少女の背を追いかけた。


元々畑だったであろうそこは管理が成されておらず、酷い有様になっていた。
民家に近付くにつれて濃くなる匂いに炭治郎と禰豆子が顔を見合わせ、頷く姿をどこか悲しげな目で見つめた少女のただ、いま。の声が引き戸の奥に呑まれる。
玄関奥から何本も伸びる赤黒い痕跡、畑の横にあった数点の不自然な土の山。

……一体、何があったんだ。

炭治郎の問いかけに対し、わか、らない。と告げた少女は曖昧に笑って屋敷の中に消えた。
さてどうしたものかと考えるよりも先に疲労が思考力を奪い、謝罪もそこそこに禰豆子を連れて中へ入っていく。
ある部屋の前を通りかかった時、悪寒に近い何かを感じ取り動けなくなった炭治郎の手を引いたのは先程姿を消したはずの少女の小さく、それでいて鋭利な爪が備わった手だった。

手を繋がれたまま、こぢんまりとした角部屋に案内された炭治郎は柔らかい布団に身を放りだした。
先に見た血溜まり、亡骸が眠っているでろう土の棺、そして異質な鬼の少女。

……あの日の事を、思い出しそうになるな。

瞼の裏に映る残酷な光景に首を振った炭治郎は今度こそ眠りにつくのだった。
(ごめん……ね。だい、じょぶ?)