(俯きながら、師範の袖を掴み懇願するように呟く。)
(いやだ、いやです、とぐずる子供のように繰り返すと、頭の上で師範が困惑している気配がした。)
(私のこと、1人にしないって約束したじゃないですか……、)
……うん。ごめん。
(置いてかないって、言ったじゃないですか……!!)
……、ごめん。
(縋るように吐き出す言葉に、段々と涙の色が滲む。)
(自覚すると同時に、熱いものがぽろぽろと堰を切ったように私の目から零れ落ちてきて。)
(それを見た師範の瞳が丸く見開かれるのを、涙で乱反射して歪んだ視界の中で見た。)
(……師範は、もう私の事、嫌になったんですか、)
……そんなこと、ある訳ないでしょ。
(それなら……ッッ!!)
(しがみつく手に力が籠り、師範の隊服に深くシワが刻まれる。)
(師範は振りほどくことをせずに、困ったような顔でそれを眺めていた。)
(困らせたい訳じゃない、困らせたい訳じゃないけど、どうしても引く訳にはいかない。)
……僕は、君を継子にして良かったって思ってるよ。しあわせだって沢山もらったし、剣士としても、継子としても優秀だと思う。
でも、僕より良い師範は沢山居るんだ。
君が僕にとって1番でも、僕が1番じゃないと意味は無いんだよ。
……後悔はしたくないし、君にも、後悔はさせたくない。
(そう言われて、頭を殴られたような衝撃で目の前が真っ暗になる。)
(何を言ってるんだろう。)
(この人は、何も分かってないじゃないか。)
(何も分かってない癖に、勝手に決めつけて。)
(私の気持ちも思いも全部無視して、あげく、勝手に私のしあわせまで決めて。)
(そんなの、許せるわけない。)
(……師範は、前に言いましたよね。)
(鬼殺隊は、命の、明日の保証がない仕事だって。)
……うん。
(それなら、私がこのまま死んでしまったら。)
(貴方の継子じゃなくなったとして、そのまま死んでしまったら、私は絶対に後悔します。)
(……きっと、私が死ぬ時に考えるのは師範のことです。)
(それは、継子でも、継子じゃなくても変わりません。)
(でも、あの時ちゃんと反対すれば、とかあの時自分の思いをきちんと伝えられてたら、とか後悔を抱いて死にたくない。)
(貴方との優しい記憶を、貴方への感謝を抱いて死にたいんです。)
(……師範は、後悔しませんか?)
(このまま、私が他の人の継子になったとして。)
(そのまま、自分が死んだとしたら、私が死んだとしたら。)
(そう告げると、師範の身体がビクッと硬直して揺れる。)
(ーー私、死ぬ時は貴方の継子のまま死にたい。)
(顔を上げ、師範の顔を見つめて微笑んだ。)
(ヒュ、と息を飲む音と同時に、強く抱きしめられる。)
(震える声で何度も名前を呼び、謝罪する師範の背に、私も腕を回した。)
(……私、これからも、貴方の継子でいてもいいですか?)
……うん、
(もう、継子やめろなんて、言わないでくださいね。)
……それなら、○○も、もう心配かけないでね。
(……善処します。)
(2人で泣きながら笑って、抱き合った。)
(これから先、いつか必ず、私達のどちらかが先に死ぬ時が来る。)
(その時、傍に居れるとは限らないから。)
(だからこの、柱と継子という絶対的な関係だけは、胸に抱えていたいのだ。)
私は、師範の、時透無一郎の継子でいたいです。他の人を師事しろなんて、言わないでください……。