(分かるから、今、この人がどんなに苦しいか。)
(そんな泣きそうな顔しないで。)
(私のせいで、そんなに苦しまないで。)

(震える手を、必死に師範の頬へ伸ばした。)
(一瞬躊躇ったものの、頬に触れると師範はピクリと身動ぎする。)
(嫌がられなかったことに安堵すると、師範の頭を胸に引き寄せた。)

(ごめんなさい、師範。早く帰ろうとは思ってたんですけど、一般人に手を上げるのが憚られて……。)
(嫌なところ見せちゃいましたね。すみません。)
(さっさと逃げればよかったですね。)

(そう告げると、温かいものが隊服越しにしみ込んでくる。)
(あぁ、泣かせてしまった。)
(張り詰めていた糸が切れたように、縋り付いて泣きじゃくる師範の背をゆるゆると撫でる。)

(私、本当について行くつもりは無かったんですよ。)
(あんな路端の石のような男達に、興味も何もありません。)
(師範にこんな思いさせるくらいなら、何をしてでも逃げればよかったです。)

(そう告げると、私の胸で泣いていた師範は顔を上げて、くしゃくしゃの濡れそぼった顔で私を見つめる。)

……ほんと、僕、心臓が止まるかと、ッッ!
(はい、)
○○が、知らない男達に腰を抱かれて、路地裏に消えていきそうな所を見かけた僕の気持ちが分かるッ!?
(……すみません。)

(師範の長い艶やかな髪が、涙で濡れた頬に張り付いていて。)
(私がそれを手で梳いて耳にかけると、細められた目に膜を張っていた涙が、またポロポロとこぼれ落ちた。)

……僕に心配かけないで、こんな思いさせないでよ。
(はい。)
怪我とか、仕方のないことならまだ分かるけど、こんなことでまで心配させないでよ……!
(気をつけます。)

(鼻を啜った師範が、私を抱き起こし、背中に手を回して強く抱き寄せた。)


……ごめん、痛かったね。怖い思いさせた。
(ちょっと怖かったですし痛かったです。でも、大丈夫です。師範が心配してくれていたのは十分分かっていますから。)

(私の言葉を聞いた師範は、ふるふると首を振った。)

駄目だよ、それじゃ駄目なんだ。
……僕は柱だし、こんな風に、自分の感情に振り回されて、守るべきものを自分で傷つけるなんてこと、あってはならないんだ。
(それは……、)

(私が言葉を選ぶのに言い淀むと、真っ赤に腫れた目で笑った師範が、私の頭を撫でる。)

……僕は未熟だから、きっと、これから先も君を傷つけることがあるかもしれない。
大切にしたいと思っているのに、君を泣かせることもあると思う。
だから、終わりにしよう。

(え、)

(私が言葉を紡げないことを悟った師範は、笑いながら私から距離を取った。)

僕は、大切な人が僕のせいで傷付くのを見たくない。
君にそんな思いをさせた自分が許せない。
……まだ、継子なんてとれる器じゃなかったんだ。
頑張ろうと、しっかりしようと思ってたけど、やっぱり駄目だった。
僕には足りないものが多すぎる。
経験だって足りないし、きっと覚悟も足りなかった。

……ごめんね、僕が中途半端に君を継子にしたから、君には迷惑をかけた。

頭打っちゃったから、一応しのぶさんに診てもらおうか。
大丈夫、僕がちゃんと責任を持って次の師範を探すから。
男の人が嫌なら、しのぶさんでも蜜璃さんでも、僕が頭を下げてくるよ。

(そんな、私は……、)


私は、師範の、時透無一郎の継子でいたいです。他の人を師事しろなんて、言わないでください……。
……しはん、そんな顔させちゃって、すみません、(頬に手を伸ばす)