むかし、那覇の方にムタルという女人がいて、毎日首里の市場で商いをして暮らしを支えていた。

そんなムタルなんだが、ある日どうにもうまくいかなくて、品物を全て売り捌いた頃にはすっかり夜が更けて、人もまばらになってしまっていた。
商いを終えて一人で夜道を歩く女人だ。きっと、ならず者からは良い獲物に見えたんだろう。
家路の途中、5、6人くらいの盗人が物陰から現れて金を奪おうと襲いかかった。

うん、心配しなくていい。
ムタルの兄、鄭大夫は強いことで有名だったんだが、実はムタル自身もすごく強かった。
盗人たちを張り倒したりねじ伏せたり、首根っこを踏み付けて押さえつけたり、いろいろ痛い目にあわせた。
ムタルはぼこぼこにやられた盗人たちを一ヶ所にまとめて、その足の上に大きな石を乗せて動けないようにした後、さっさと帰ってしまった。

困ったのが残された盗人たちだ。
足を引き抜こうとしても下敷きになってしまってうまくいかず、全員で石をどかそうとしても重すぎて無理だった。
朝になって通りかかった人たちが力を貸したが、大きな石はびくともしない。

誰にもどうしようもなく途方にくれているところへ、ムタルの兄、鄭大夫が通りかかった。
盗人たちは悪事を働こうとしたのを詫びて、大夫に助けを求めた。
大夫は「これを動かせるのはムタルくらいだろうなあ……」と言って石を軽々と持ち上げて、近くにあった大きな穴の蓋にした。

そんなことがあって、その石は鄭大夫岩と呼ばれるようになったとか。
女傑諸樽