それはある日の些細な光景。
王都の勅使を名乗る一団を塔の門前で迎えた魔法使いが応対を始めてから間もなくの出来事だった。
「顔を出してもつまらないだけだよ。君は塔の中で待っていたまえ」
塔の主に留守番を言い付けられた君は、頬杖を付きながら窓越しに仰々しい装いの一団を茫と眺めていた。
魔法使いにとっては溜息交じりの問答が繰り広げられているのだろうと少し同情しながら眼下のやり取りを想像した刹那。
眼下の空間に殺気が迸った。
殺気の源は探すまでもない。勅書を読み上げる文官の背後に控えた長身の男。
音もなく勅使の背を飛び越えた官服姿の刺客は空中で抜刀すると、必殺の間合いで魔法使いの胸元目掛けて細身の直剣を突き出す。
殺気を感じ取った瞬間に窓から飛び降りた塔の居候が、強弓より放たれた矢より早く刺客と魔法使いの間に割って入り彼女の身を庇わなかったとしたら……
或いは白の魔法使いの胸元に赤い大輪の花が咲き乱れていたかもしれない。
さしもの刺客も、かかる闖入者に暗殺の一刺しを防がれるとは予想し得なかったろう。
君の肩に灼熱の鉄の棒が捩じ込まれた様な感覚が走る。
それを激痛と知覚するより先に、君の視線は自然と魔法使いの安否に向けられていた。
胸の内に抱えた白銀の髪の少女の双眸は見開かれ、驚愕と悲嘆の綯い交ぜた面持ちで君を見つめている。
何事かを叫んでいたが、混濁する意識の中では聞き取り様もなかった。
きっと己の身を案じるか無茶を叱りつけているのだろうと内心自惚れながら、君は地面に倒れ込む。
同時に君の鮮血で彩られた刺客の凶刃が再び宙に翻ったが、その切っ先が目標を再び捉える前に世界の全てを眩ませるかの様な白光に飲み込まれた。
故に。これから先の事は世界の誰もが、喩えかの黒竜エルペリオンとても聞き知る事叶わぬ魔法使いの独り言に過ぎない。
当然、君の唇に触れた仄かな熱と淡く柔らかい感触など、意識を手放した当人には知る由も無かった。
ばか。
馬鹿だな、君は。
嗚呼、大馬鹿だとも。
――いや。君がそんな無鉄砲のお人好しと知っていながら、騒動の可能性を告げていなかった私も暗愚の極みか。
御免、君……有難う。嬉しかったよ、とても。
……でも、困ったな。
君が目覚めた後、一体どんな顔で話しかけたら良いものやら。
覚えてないけど君を助けられて満ち足りた気分だ
名前:白のラスベルタ
行きて帰りし11回目の旅路
話した言葉:庇う
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