星空を吸い込むように暗い海を、独り彷徨っていた。

 帰るべき場所は遥か彼方。激戦の中、艦隊とははぐれてしまった。
 今頃、鎮守府では私が沈没したと報告されているだろうか。そんなことを言われたら、提督はどんな顔をするだろう。肩を震わせるあの人の姿を想って、少し哀しくなった。
 海図は焼失し、通信装置も失った。コンパスはもう壊れている。北も南も分からない。

 敵深海棲艦の艦載機の爆撃を受け、私の体は既に限界だった。浮いているのが不思議なくらいの損傷だ。
 痛い、痛い、痛い。
 それに、寒い。手足の感覚が朧気になってきた。

 それでも、前に進む。少しずつ、少しずつ。

 速度およそ9ノット。
 独り夜の海を彷徨いながら、あの日の事を思い出した。



「……帰らなくては」



 ああ、まるで時が戻ったよう。七十年前の亡霊が、私に襲いかかる。
 そうだ、あの日もこんな風に、独りで闇に怯えながらのろのろと進んでいた。後進9ノット、なんて無様な姿だっただろうか。

 でも、そうだ。あの時と同じなら、私はきっとあの場所に帰れる。
 それに、帰らなければいけない理由がある。私に出会ってくれたあの人。私のからっぽの五十年を埋めてくれたあの人。私に、帰る場所をくれた――――あの人。

 時代のうねりに流されて、世界は変わっていった。私も変わった。
 それでも、変わらないものがきっとある。

 帰ろう、あの場所に。

 あの人が待つ場所に。


4月7日