(今まで一度も成功した事のない自分の領域が、瞬く間に展開されていく。目を見開いて驚きながらも涙を流し続けている五条を抱き上げて柔らかなベッドの上に寝かせ、自分も隣へと寝転び、その体を抱き締めた)
(「よく頑張ったね、悟」──ぽんぽん、優しく背中を叩きながら、その名前を呼んでやる。ゆらゆら揺れる蒼色の空が、はっきりと自分を捉えたのが分かった。彼を下の名前で呼んだのはこれが初めてだったが、まるで昔からそうであったかのように、その音の響きは不思議と自分の声に馴染んでいた)
………〇〇。
(伸ばされた両手が、あなたの肩を弱弱しく掴む。ただでさえ近い顔が、ぐっと近づいてくる。……けれども唇が重なるその直前で五条はぴたりと動きを止めて、強請るようにこちらを見た。ガラス玉のような瞳からは、とめどなく涙が零れ続けている)
オマエは俺のこと、置いていったりしないよな…?
(あなたは覚悟を決め、五条の背中に回していた腕に力を込めて引き寄せた。その美しい瞳が、瞼に覆われて隠される。何度か慰めるような軽いキスをして、それだけでは満たされないと僅かに口を開いて待つ五条に流されて、そのくせ逃げようとする長い舌を絡め取り、めいいっぱい甘やかした。途中押し倒すような姿勢になり、五条の踵が何度もシーツを掻いていたが、それでもあなたの下から抜け出そうとはしなかった)
(ぽっかり空いた心の隙間が、ほんの少しだけ埋まっていく。この行為が間違っていると分かっていても、止めることなど出来なかった)
(何度も名前を呼び、キスをして、頭を撫で。夜が明けそうになった頃、ようやく穏やかな寝息が聞こえてきた。無事に落ち着けることが出来たようだ。……いつもの態度が嘘のように、ぴったりとあなたにくっついて眠っている)
(涙で濡れた目尻をそっと指先で撫でながら、あなたは思う。……これから五条は、きっと数えきれないほどの辛い目に遭うだろう。「最強」であるがゆえに、誰も彼の心を推し量ることなど出来ない。五条悟は誰よりも強く、そして誰よりも孤独だ)
(この4年間、がむしゃらに前だけを向いて歩いてきた。強くなるために任務を受け、ひたすらにこなすだけの日々。それでも彼の背中に届くことはなく、現実を思い知らされた。足りなかったのは才能か身体か、それとも努力か。或いはそのどれもだったのか、残念ながら分かる術はない。そんな自分に、残された道があるとするならば)
(呪術師として並び立つことが出来ないのなら──他の道に進むしかない。きっと自分はそのために高専に入学し、五条悟と出会ったのだ)
(補助監督になろう。五条悟という呪術師の、誰よりも近くにいるために)
(そしてその決意は、大人になった今でも変わることなく抱き続けている)
(──鳴き始めた鳥の声に、白く縁取られた睫毛が震える)
(「おはよう」──目が覚めたばかりの後輩に笑いかけると、すぐにこちらに手を伸ばし、ギュッと強く抱き着いてきた)

おはよう〇〇。
いい朝だね!
(五条悟は、今日もあなたの隣で笑っている)