ハァァ~~~メンドクサ。
なんで俺がこんなのと組まなきゃなんねーワケ。
(少しずつ蒸し暑くなってきた8月。後輩とペアを組んで任務にあたるように言われて集合場所へと向かえば、そこには白髪の後輩が気だるそうに立っていた。彼は自分の姿を見るや、ウゲェ、と舌を出してブツクサと文句を言っている)
(この頃になると、今年の1年の評判は聞き回らずとも勝手に耳に入ってきていた。呪霊操術に他者への干渉も可能な反転術式、そして極めつけに無下限呪術と六眼の抱き合わせ。呪術界にはまだ疎いのでよく分からないが、教師いわく、近年稀に見ぬほどのとんでもない豊作、らしい。一般家庭出身の身からすると「そうなんだ」ぐらいしか感想はないのだが、それを聞いて彼の態度の悪さにも納得がいった。そこまですごい人間ならば、庶民の上に術式も強くない自分を見下すのはむしろ自然なのかもしれない)
(……だからと言って、それを受け入れるかは別である。いまだにグチグチ言っている後輩の前に立ち、先ほど補助監督から貰った今回の任務についての調査書を手渡す。「そんなん読まなくても楽勝だし!」──グシャグシャに丸められてポイっと投げられた調査書の成れの果てに、思わず重い溜息を吐いた)
(今回祓う呪霊は3級。自分一人でも問題なく祓える相手だ。確かに彼にしてみれば、赤子の手をひねるよりも簡単な事なのだろう。ならばさっさと終わらせよう)
(そう思っていたのだが───)

あ~~~……クッソ!!
ンだよコイツはよぉ!?
(次々と術式を叩き込んでいる五条悟の前に立ち塞がる呪霊は、まったく衰えを見せていない。それどころかどんどん勢いを増し、彼に攻撃を仕掛けている)
(どう考えても3級どころではなく、少なく見積もっても1級相当。……このあたりは古くから山を信仰している。土地神の類とでもなれば、特級でもおかしくはない。五条の呪力が減っているようには見えないが、それでも決して有利だと思えるような状況でもない。加えて術式の相性が悪すぎるのだろう、どういう原理か、五条の「無下限」が効いていない。体勢を立て直さなければ、いつまでもこの状況が続いてしまうだろう。──それは五条と自分の敗北を意味する)
(───自分が動かなければ!)
(恐怖で震える足を叱咤し、術式を組む。体中の筋肉を和らげて、ドーピング代わりに呪力を流す)
(最後に指鉄砲を作り、人差し指に術式を込めて圧縮する。五条の攻撃で呪霊が動きを止める。──今しかない!)

……、は?
(あなたは術式を放つや否や、驚いた顔でこちらを振り返った五条を俵抱きにして走り出した)
(草や枝に体中を切り裂かれながらも、目まぐるしく景色が変わる。相手の戦意を鈍らせたとしても、効果時間は長くない。それまでに「帳」の外へと出なければならない!一歩足を踏み出すのを、こんなにも重く感じたことはない。けれど失敗すれば自分も死ぬ!)
(駆けて、駆けて、駆けて───ようやく見えた空間の終わりに、それでも気を緩めることなく飛び込む。コンマ一秒のあと、帳の内側に跳ね返されるように甲高い金属音が響き渡った。……あと一歩遅かったら死んでいた!)
(近くに待機していた補助監督にすぐ応援を呼ぶように言い、そのまま地面へと座り込む。……これはしばらくは立てないだろう。既に軋み始めた筋肉の痛みに耐えながら、担いでいた五条をなんとか降ろして、そのまま仰向けに大の字になるようにして寝転がった。ドクドクと心臓の音がうるさい。今度からは筋肉だけでなく、心臓にも呪力を流して補強したほうが良さそうだ)
(隣で座り込んでいる五条が、呆然としたままこちらを見下ろしてくる。普段かけているはずのサングラスが無い。「帳」の中で落としたのかもしれない)
(後で拾いに行かないと。──そう思いつつも、大量の呪力を消費したせいでだんだん意識が遠のいていく)
(最後に見たのは、情けない顔をして笑っている、自分を映した空の色だった)
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