(──クラスメイトが死んだ)
(任務から帰ってくると、二つあったはずの机が一つだけになっていた。担任の話によると、呪霊に喰われて体も残らなかったらしい。呪術界ではよくあることだ)
(空っぽの棺に彼女の制服と好きだった花をたくさん詰めて、簡易的な葬式をした。彼女と仲が良かった先輩が泣いているのを、ただぼんやりと眺めていた。──人は死んだらそれまでだ。無意識に両手を握り締める。自分たちは文字通り、命をかけて呪霊と戦っている)
(記憶の中の彼女が微笑む。優しくて、よく笑う人だった。……彼女と同じように、あの子たちも、いつか死んでしまうのだろうか?)
(──「五条」。思わず口からこぼれた声に、軽く肩を叩かれる。驚いて体ごと振り返れば、無意識に思いを馳せていた後輩が居た)

お疲れ。
……泣いてたの?
(飲んでいたコーラをベンチに置き、長い指がそっと目尻をなぞってくる。……気付かなかった。どうやら自分は泣いていたらしい)
(不思議なもので、自覚すればするほどに、どんどん涙が流れてくる。彼はほんの少しだけ目を見開いて、しばらく視線を彷徨わせた後、抱きしめるように引き寄せて、優しく背中を叩いてくれた)

先輩、大丈夫だよ。
俺はぜってぇ死なねーから。アンタのこと、置いて行ったりしない。
それに先輩、意外と寂しんぼだもんな〜?
(五条が耳元でクスクス笑う。……確かに彼は死なないだろう。2年になったと同時に特級になってしまった五条は、きっと呪術界で誰よりも強い最強の呪術師になる。彼の強さは別格だ。どんな呪霊相手でも、難なく祓えてしまうに違いない。「次元が違う」──彼をそう評する人を何人も見てきた)
(それでも、彼はただの「人」だ。約1年間を通して分かったのは、五条悟という人間はワガママで傲慢で甘い物が好きで、ちょっぴり寂しがり屋の男の子ということ。楽しいことがあれば笑うし、嫌な事があれば怒る。自分と同じで何も変わらない。それなのに誰よりも強くあれと、孤高の道を辿ろうとしている)
(その道すがら、自分にしてくれたように、通りすがりの相手を何人も背負っていくのだろう。期待という名の感情を、どんどん押し付けられていくのだろう)
(顔を上げて五条を見つめれば、真っ黒なサングラスの奥で、美しい蒼がキラキラと輝く)
(──強くなろう。もっと、納得できるまで。近い将来、五条はこの世界になくてはならない存在になる。そんな彼の目が悲しみに曇ることのないように、いつかこの不遜で傲慢で、それでいて誰よりも優しい後輩を、自分の手で守れるように)
(たとえこの先どんなことがあっても、五条悟という人間が、一人ぼっちにならないように)
……? 先輩?
いま呪力が──
(サングラスをずらして見下ろしてくる五条に笑って、足を引いて一歩下がる。「それよりも炭酸、抜けちゃうよ」──放置されたままのコーラを指差せば、彼は慌てたように缶を手に取って残っていた中身を飲み干した)
(クシャクシャに歪んだ顔からするに、どうやら遅かったらしい。その顔がどうにもおかしくて、やっと心の底から笑えた気がした)
(──ただ真っ直ぐに、歩いて行こう。この「縛り」がいつの日か、自分を呪うことになったとしても)
(きっと自分は後悔しない。そう思った)