列車に乗り切れないくらい満員になる事があるの?
「京阪5000系は、西暦1970年から2021年まで活躍した電車である。
登場した当時、朝と夕方の通勤ラッシュの輸送力は限界を超えており、乗車率は200%超を記録していた。
しかし、1970年時点では電車に使用できる電気電圧が低く、これ以上増発や増結をすると変電所の送電限界値を超え、電圧不足で停電する事から増発や増結も出来なかった。
そこで、通勤ラッシュの切り札として登場したのか5000系で、我が国初の多扉車であり、その後に他会社でも多扉車は登場するが、それは編成の一部だけが多扉車というもので、全ての車両が多扉車と言うのも唯一である。
5扉にした為、乗降時間を短くすることが出来、扉が多い分座席が減ったので乗車定員も増え、ラッシュ時間帯に於いては大歓迎された。
とは言え昼間時間帯は閑散とするので、昼以降は5扉の内2扉は閉め切り、その部分に座席を設ける。
この扉部分の座席は、5扉全開時は扉の上に折り畳まれて格納され、運転室のスイッチで自動で展開できる。
7両編成が7本、合計49両が川崎重工で作られ、最初に作った第1・第2編成は4+3に分割が可能であった。
途中1980年にはレールへの置き石によって第4編成の先頭車が脱線・大破して復旧不能となったので、同年に代替新造している事から、実際は50両作られている。
そして登場から28年となる西暦1998年から、更新改造を行った。
車内を改装して当時の最新型と同じ仕様になり、他にもブレーキ関係の改良やテールランプをLEDに交換している。
また、この更新によって第1・第2編成でできた編成分割が廃止され、中間連結の先頭車は運転室を完全撤去して中間車に改造された。
その後も活躍を続けたが、誕生50周年を目前にクーラー故障で第7編成が2016年に廃車。
他の編成も、ホームドア設置に際して、他の電車と扉の位置が違う5000系は厄介者となり、2018年から本格的に廃車が始まり、最後は2021年の第1編成廃車により全て消滅している。
最長で51年活躍し、我が国初の多扉車であり、また一番最後まで活躍した多扉車となった。」
こんなに扉が多いのも面白いね
単純計算で、片側49個も扉がある事になるんだよ
京阪5000系