「組。組、ねえ……うーん、カタギの子にベラベラうちのこと話すのも、なぁ。怖がらせちゃうっしょ?
あ、もう充分怖がってるって? 失敬失敬」
「……」
何なんだこの男は、さっきから。
人のことをおちょくるような態度でふざけているのかと少しずつ怒りが湧いてきた。……湧く、だけで何もできない状況なのがもどかしい。
あのさー、と男が話を仕切り直す。
「ヒサン、って分かるかな?」
「……?」
「1日3割。略してヒサン」
男が自分の顔の横で、右手で1本、左手で3本の指を立てる。
……その指の意味を察し、○○の顔がますます青くなっていく。
「……、それって……まさか」
「うちで借りたときの、利・子♡」
立てた指をぷにっと自分の頬にさして、まるでぶりっこのようなあざといポーズをしてみせた。
1日で、3割。
聞いただけで眩暈がする。
「まさにヒサンだろ〜」と男はけらけら笑っているが、何が面白いのかまったく分からない。今までの人生のなかでも最高に最悪な気分で、ソファに座っているのに倒れ落ちそうなほどだ。
「でも、一番ヒサンなのは借金の額ね、額」
「……彼、一体いくら借りたって言うんですか」
「最初に借りたのは大した金額じゃなかったんだよ? でも利息が積もり積もって今じゃ3000万」
「さっ……!?」
「うんうん、目ん玉飛び出る金額だよねェ〜……っと、大丈夫?」
本当に倒れそうになった○○の体を男が支える。
さんぜんまん。さん、ぜんまん。
頭の中で繰り返しただけで心臓が強く脈打ち、喉の奥がひりつく感覚に引き摺られるように呼吸も次第に乱れ始める。
胸を押さえて身を縮め、……そこで彼女は、″あること″に気がついてしまった。
「……あなた、さっき、うちに″も″って……」
「あ、気づいちゃった?」
男は細く吊り上がった目をさらに細めて意地悪い笑みを浮かべると、○○の嫌な予感に追い討ちをかける言葉を……この絶望的な状況をさらに惨い現実に落とし込む衝撃の事実を告げた。
「そう。コイツ、他んトコでも借金してんの。だからヨソとうちで返さなきゃいけない金額合わせたら全部で5000万くらいかな?」
……今度は、声が出なかった。
……声すら、出せなかった。
彼はパチンコや競馬、宝くじ等ギャンブルが好きな男性だった。借金の理由も恐らくそれだろう。
でも、ここまでとは思わなかった。まさか闇金や……反社会的な人間から多額の金を借りてしまうほどハマっていたなんて。
床に転がされたままの恋人へ視線を変え、瞬きも忘れてじっと見据える。
彼に目を向けながら……○○の頭の中では、さらにもうひとつの″最悪な展開″を想像していた。
この借金取りの男が、なぜ私の家に来たのか。
金を貸した彼ではなく、その恋人の女の家に来た理由は。
ふれてはいけない答え……ふれたくない答えがすぐそこにある気がしてならず、吐き気さえ込み上げてくる。
黒髪の男に、再び後ろから肩を掴まれる。
男は背後から○○の顔を覗き込み、手にしていた借用書を今度は彼女の視界を塞ぐように突きつけた。
「下のほう……もう一度よく見てみな」
男に、耳元で唱えるように囁される。
「……れんたい、……ほしょうにん」
か細い声で発した声を聞いて、男は小さく頷く。
「○○ちゃん」
──君の名前だよね?
平穏な日常が、がらがらと崩れていく。
それは終わりの音だったが、別の何かのはじまりの音でもあることを、彼女は心の奥底で静かに理解していた。
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