その日、あなたは朝からとても気分が悪かった。
 普段より生理が重く、下腹部痛は勿論のこと、とにかく体が怠くて怠くて仕方なかった。
 学校を休もうかと、一瞬思ったが、つい先日風邪で休んでしまったことを思い出し、重い足を引きずりながら学校へ向かった。

 幸いなことに午前中の授業は座学ばかりだった。
 ずきずきと痛む下腹部に手を当てながら何とか乗り切った。
 いつも使っている痛み止めは切れてしまっていたので、今日は別の薬を服用したのだが……どうやらほとんど効いていないみたいだ。朝から体調が変わらない……どころか、もっと悪くなっている気がする。

 お昼。普段なら嬉々として母が作ってくれたお弁当を机に広げるのだが、一向に体調が回復しない今日は食事を楽しむ余裕もない。
 それでも、容器の蓋を開けて全く手をつけられていないお弁当を見たときの母を想像したら自然と箸が動いていた。
 おかずやご飯をひとくちずつ、かじっていく。
 けれど早々に限界が来て、完食は無理だった。それどころか三分の一も胃に入らず、あなたはため息を吐いてお弁当の蓋を閉じた。

 残酷にも、お昼休憩終了を告げるチャイムが鳴る。
 次の授業は体育。しかも、よりにもよって外で。
 休んで、保健室で寝ていたい……が、サボりに厳しい体育教師の顔を思い出して、あなたは半泣きになりながら更衣室へ向かった。



 ……まずい。本当に、具合が悪い。
 授業が始まってまだ10分程しか経っていないが、あなたはすでに顔面蒼白で、目の前がぼうっとし始めていた。
 よろよろと、足がもつれそうになりながら体育教師の元へ向かい「すみません、体調が悪いので見学してていいですか」と聞くと、その教師はあなたの顔色の悪さにすぐに気がつき「ああ、休んでいなさい」とすんなり承諾してくれた。

「大丈夫か? 保健室行くか?」

 サボりに厳しいその教師でさえ心配するほど、あなたの具合は見るからに悪そうだった。冷や汗が止まらない。やはり学校を休むか、最初から事情を話して見学するかしておけば良かったと思いながら「いえ……、」と息も絶え絶えに返答した。

 きもちわるい。
 きもちわるい。
 きもちわるい。

 頭の中がぐるぐる回っている。目を閉じて座り込んでいるのに、めまいがする。

「○○、大丈夫ー?」
「汗すごいよ。気分悪い?」

 友人たちが集まってきて、あなたの周りを囲む。
 その声にすら反応できず、ハァハァと息を乱しながら痛む下腹部を手で押さえた。
 友人以外のクラスメイトも、何人かあなたを心配そうに、または好奇心の目をじっと向けているが、あなたはそんなことにも気付けず悶えている。

 不意に、吐き気が込み上げてきた。
 うっ……、と咄嗟に両手で口を抑えると、友人たちが「○○!」「ヤバい、吐いちゃう!?」と慌てたように声を荒げた。

「保健委員いるか!? 保健室つれて行ってやれ!」
「今日は休みです!」
「あ……、あぁ、そうか。なら俺が連れて行くから、お前らは続けて、」

 もう限界だった。あなたの目に涙が滲む。もう何も考えられず、ただただ苦しい。
 胃から迫り上がってくるものを、我慢することは出来なかった。
 堪えられず、地面に……

 ……地面に嘔吐した、その筈だった。
 が……、

 あなたが吐いたその先は、グラウンドの地面ではなく、見慣れたジャージの中だった。自分のものではない。
 いつの間にか駆け寄ってきていた男子生徒が、あなたが吐く寸前で自分の上着を脱ぎ、あなたの口元を隠すように下から脱いだジャージで包み込んだのだ。そのおかげで、地面に嘔吐することはなく、吐いた瞬間の顔も吐瀉物も周りに見られることなく済んだ。その代わりに、彼のジャージは……言わずとも分かるだろうが。

「先生。俺、保健室つれて行きます」

 顔色一つ変えず、そう言った男子生徒に「えっ……あ、ああ」と体育教師はポカンとしながら返した。

「大丈夫? 歩ける?」
「……、ん」
「俺の手握ってていいから、ゆっくりついてきて」

 男子生徒はあなたの口元を自分のハンカチで拭い「着くまで、それ口に当ててな」と言った。
 俯いて歩くあなたのぼやっとした視界に映っていたものは『岸本』と書かれた運動靴だった。

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