【どれくらい、そうしていただろう。
 窓の外から差し込む柔らかな日差しは明度が低めの赤とオレンジが入り混じったような色に変わり、いつの間にか夕方になっていたのだと気付く。】

【岸本彼方は床に座り込み壁に寄りかかったまま、じっと壁を見ていた。部屋の壁を、ただ見つめていた。何時間もの間、物音ひとつ聞こえない静かな部屋で。】







【やがて岸本はゆっくりと立ち上がった。キッチンへ向かい、今朝使ったばかりの包丁を手に取る。つい最近替えたばかりのものだから切れ味は抜群だ。買い替えておいて良かった。きっと心臓まで容易く貫いてくれるだろう。】

【岸本は、物言わぬ肉の塊になった○○の、死後硬直を始めて固まりかけている手に包丁の柄を無理やり握らせた。自然に刃の先が上を向く形になり、岸本はそれを少しの間見下ろし、床に仰向けで倒れている彼女に近づく。包丁の先端と己の左胸が重なるようにしっかりと狙いを定め、上体を下ろしていく。】

【ずぶ、と体内に侵入してきたそれの感触に思わず声が漏れた。今まで経験したことのない尋常ではない痛みに、ぶわりと汗が吹き出る。岸本は○○の冷たくなり始めていた両手に自分の手を重ね、唇も重ね、ゆっくりと目を閉じた。

 一筋だけ流れた岸本の涙がぽたりと落ち、
 滴が○○の瞼にふれた瞬間、
 一気に体の力を抜いた。】
彼方くんは嫌悪でも私の一番になれないんだよ2