……………さて。
てことでボクは15分の暇を貰ったわけだけど。


そうだなぁ…ねえ後輩、ボクの話を聞いてくれる?

いや、何も真剣に聞き逃さないでくれって意味じゃないよ。
作業用動画、睡眠導入BGMみたいな。そういう扱いでボクの話を聞いてほしいんだ。あんまり詳しく覚えられても嫌だし。
ああでも、先輩の事を一つでも忘れちゃう後輩ってなんか寂しいとも思うんだよな。でも後輩にはボクなんて一つも覚えてほしくないとも思うし………難しいな。難しいから考えるのやめよ。話したいから話す、それでいいよな。



……そう、だからこれはボクの独り言。いつもの、やつ。


んー………、……そうだな。じゃあ、ボクの初恋の話をしよう。
多分、いつかもした話だけどさ。後輩が忘れてるかもしれないし、この話はボクにとっても大事な話だからさ。好きな音楽はリピートしちゃうんだよ、ボクってやつは。
それで…そう、初恋。それ以降言葉に出来るほどの恋があったのかと問われたらちょっと困るけど。
22年間生きて、後輩以外にあそこまで感情を揺さぶられた事はなかった。だから、だからかな。ずっと忘れられないの。従兄ですら覆すことのなかったボクをグチャグチャにしやがった最悪の話。

…中学2年生になって、学校にも馴染み始めた頃でさ。
友達だってそこそこいたボクは、まあ、平穏普通の少年だった。優しい両親に育てられて、何不自由なく不満無く生きているだけ。今考えるとスゴいつまんない奴なんだよな、ボク。でもしょうがないんだよ。だってあの頃って後輩に会ってないし、後輩のいない頃の…先輩じゃないボクなんて、本当、何の価値も無いだろ。無いんだよ、有っちゃ駄目なんだ。分かるだろ?
んで…ボクの通ってた中学にはさ、マドンナって呼ばれる子が居たのよ。高嶺の花とも呼ばれてたかな。とにかく、あの子は"学校一の美少女"だった。……綺麗なだけだったらまだマシだったかもしれないのに。あの子は文武両道、性格だって純粋無垢そのもので。男女問わず魅了していく姿にボクは………ああ、うん。嫌悪感を抱いたんだよ。その時初めて知ったんだけどさ、ボクはどうにも酷く拗れた人間で、極めて嫌な奴だった。まあ、後輩からしたら今更なんだよって話だけどね。その時のボクはバカみたいに落ち込んだんだ。恵まれている人を素直に認められない。愛されている人に憎しみを抱いてしまう。…平穏普通に生きていたボクにとって、この感情は自己嫌悪そのものだ。当たり前に出来ると思っていた評価を出来なかった。周りに同調する事すら煩わしい。ボクはその子を嫌う以上に、ボクを嫌いになったんだ。


…………学校の、屋上ってさ。
漫画じゃよく開いてるけど、現実だと閉まってるよね。鍵が掛かってさ、南京錠も付いてたり。学校の憧れの場所といったら!ぐらいの有名どこだから、ボクがいた中学は先生と一緒なら1人だけ入っていいって言われてたの。現実が残酷だと教えるのは簡単だけど、だからと言って必ずしも残酷でなければならない訳は無い、とかなんとか。それでボクも屋上に憧れる一生徒だったから先生に屋上に入れないかって聞いて、「今日はもう○○○(学校一の美少女)がもう入ったから駄目かな」って返ってきて、酷くガッカリしたのを覚えてる。
でも同時に、「アイツも、憧れとかあるのかな」って考えた。それがあの子に対して、初めて抱いた負以外の感情。同じ人間なんだって、理解してしまった日。…まあその後すぐに「アイツとボクが同じ人間だって…?」と怒りが沸々と湧いちゃって。その日はそのまま帰って枕に八つ当たりしたよ。少しでもあの子と同じだと感じてしまった事に対する怒り。そして、少しでもあの子に近付こうと思えばこんな怒りに呑まれる事もなかった筈なのにという後悔。中学生のボクにはまあ制御出来ない感情なもので。頭の中がグチャグチャになったその日は夕食も食べずに寝ちゃった。明日学校があるっていうのにも関わらず!
…案の定、次の日の朝は大怪獣が如くの腹の虫でさ。ちょっと早起きしちゃったボクは、いつもならトーストを2枚のところを3枚も焼いて。冷蔵庫のベーコンまで取り出して食べた。
……うん、まあ。お察しの通り、次の朝になってたらあの子への怒りなんて何処の彼方になってた。あの子に会わなきゃいい、あの子を考えなきゃいい。ボクにとってはそれだけの、その程度の不快感だったんだよ。いやあ、我ながら愚かだな。
学校に着いて。あの子が目に留まって。メチャクチャイライラして。授業で忘れて。昼食で思い出してムカムカして。部活に没頭してどうでもよくなって。それで、あの子が、ボクの目の前に来て、

「きみ、私のこと嫌いでしょ」って。微笑みながらそう言った。
「こうやってこれから生きてたら、きみみたいに私を嫌う人がいっぱい増えていく」「それって、すごく不幸じゃない?」

「私、そんなのって耐えれない」


着いてきてと手を引くあの子に引き摺られるように、僕は屋上の前にやって来た。屋上への扉には鍵が掛かっていて、南京錠だって付いている。それをあの子は布を優しく撫でるように開いてみせた。…今思えば、あの子は職員室から鍵をパクってただけだし、南京錠だって先生が開けるのを見て覚えただけなんだろうけど。それでもあの日のボクにとって、彼女は魔法…いや、魔女そのものだと感じた。ボクの手を引く、学校で一番綺麗で優しくて真っ白な魔女。天使の様な悪魔って言葉を知らないボクなりの解釈だよ。

屋上から見える夕焼けは綺麗で。そろそろ下校のチャイムもなるかなあってぐらいの時間帯。屋上から下を見下ろせば、黒と白の小さな点がワラワラと一つの場所に向かって歩いてる。
「アリみたいだ」そう呟いたボクを、あの子は笑ってた。夕焼けに照らされて笑うあの子は、本当に綺麗で。その顔を見ていたらグツグツと。押さえつけてた怒りが湧きそうになって。あの子が何にも話さなければ、ボクはあの子の胸ぐらを掴んだかもしれない。…掴んでたら良かったのにっていうのは、成長したボクの気持ち。そうしたらボクは初恋を知らずに、後輩と出会って、後輩に全部の初めてをあげれたかもしれない。いやまあ、分かんないけどね。後輩に恋をする姿なんて、全然、想像も出来ないから。だってボクたち、先輩と後輩だろ。運命の。


………そう。運命の。
あの子が柵に寄りかかって「私、今が一番幸せなんだ」「両親も優しくて、学校のみんなも私を好きって言ってくれて。人にも環境にも私にも恵まれてる。まさしく、この世で一番幸福なのは私って感じ」

「そう、今が一番幸せだから。」

あの子はこっちを振り返って、微笑んで、柵を越えて、落ちた。
ボクは落ちていく姿を見て、初めてあの子に抱いていた嫌悪や怒りの意味が分かったんだ。ああ、そうだ、羨ましかったんだ。あの子の幸せが、ボクには無い幸せが。平穏普通、良いも悪いも無いボクにとって、恵まれて愛されて生きているあの子は、どれだけありふれた幸せの象徴だとしても。羨ましくて、憎くて、ボクでは決して届かない幸福だから。
下からの悲鳴が耳に届いて、ボクは急いで屋上を離れて下へと降りた。あの子の死体を見る為に。そこには必死になって隠そうとする大人と、これまた必死になって暴こうとする野次馬ども。…そして隙間から見える、頭から血を流している"この世で一番幸せな学校一の美少女の死体"。
幸せを幸せと感じたまま死んだあの子は、本当に美しかった。
頭から流れる血も、地面に伏してグチャグチャになった顔面から溢れたであろうピンクのそれも。あの子の幸せは、本当に。


こうしてボクは初恋を知り、自慰行為を知らなかったので帰宅してから謎のモゾモゾ感を不思議に覚えながら眠った。学校は暫く休校になった。休校明けは今までよりザワザワしてて結構不愉快だったし、友達も生前のあの子の話ばっかりでウンザリだったけど。それでも、まあ、嫌いな奴がいない学校は幸せだったかな。


………きっと、あの子を嫌ってる奴なら誰でも良かったんだろうな。あの場に居たのがボクだっただけで、ボクがあの子の目に入っただけで、決してあの子はボクなんか見てなかった。

ボクだけが、あの子に囚われてしまった。
嫌いだよ、本当に。



…なんてところで、どうだろう。15分くらい経った?……まだ全然?もしくは後少し?オーバーした可能性もあるな。
まあなんであれ、ボクの話はこれにてお終い。いやあ、思い出しながら話すもんだからだいぶグチャグチャだったでしょ。ごめんな、ホント。話すの下手でさ。
まあでも睡眠用BGMにはなれたかな。あれってそんな歌詞とか意味ない方が良いんでしょ?そういう意味では……まあ、ボクっていつだって意味ないし、中身も空っぽな奴だから。そういう意味では、ボクの話は最適ってことになるのかな。

さて、先輩は話疲れたから暫く休むよ。
そうだなあ…………ふ。15分くらい、休ませてもらおうかな。



一番幸せな時に逝けて羨ましいな
肩を借りる