走り続けて、気が付けばゲヘナの郊外まで来ていた。
息が苦しい。
私は立ち止まり、辺りを見渡す。
あまり人も住んでいなさそうな地域だ。
「……これからどうしよう」
その時、スマホの着信音が鳴る。
画面を見てみると、ヒナからだ。
「ヒナ……」
電話を取ろうか悩む。
私とヒナが過ごした日々も偽物なのだろう。
……だって、私はヒナと初めて会った時の事を思い出せない。
少し悩んだが、私は電話を取る事にした。
『カタリ、今何処?』
電話を取った第一声がそれだった。
少し焦っているように聞こえる。
「……今は、ちょっと散歩中」
『便利屋からこっちに連絡があった。今カタリの所に行くから』
「ううん……来なくて、大丈夫」
ヒナにどんな顔をして会えばいいかわからない。
この事実を、隠したままいつものように振る舞える気がしない。
『貴女が心配だから───』
「私は、ヒナに会えない」
『何を、言ってるの?』
「今までありがとう」
『カタリ待っ───』
電話を切る。
これでいいのかな。
直接お別れを言うのは多分無理だろうから。
「……ああ、楽しかったなぁ」
私はスワンプマンで後から皆の記憶に入ってしまった異物。
それであれば、いなくなってしまった方がいいのだろう。
私がいなくなれば、きっと全部元通りになる筈だ。
「……やっぱり、戻っちゃ駄目かなぁ」
───鐘の音が聞こえる。
ユメ先輩と私は実際に会っていない。
当然ホシノも私と三年生になるまで会った事はない。
私はアビドス生徒会に存在しなかった。
───鐘の音が聞こえる。
私はゲヘナに転校などしていない。
元からアビドスにいなかったのだから。
私はアビドスから転校したという過去を後から埋め込まれたただの異物。
───鐘の音が聞こえる。
私の交友関係が広かったのは、後から皆の記憶に入り込んでいたから。
そして、別世界の先生の器だから。
私自身の魅力ではない。
「……素直に話したら嫌われるかなぁ」
───鐘の音は鳴り続ける。
魔法の時間は終わりだと告げるかのように。
「……怖いよ」
一人でいる事も。
友達だった皆から嫌われるのも。
……この世界からいなくなることも。
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