ビルを出た私は街を当てもなく走り続けていた。
先ほど言われた事が頭の中に残り続けている。
『ええ。お察しの通り、貴女は沼に雷が落ちて出来上がった『スワンプマン』です』
自分はキヴォトス人ではない。
あの時は嘘だと思いたかった。
時間を空けて冷静になると、黒服の言う言葉が事実なのではないかと思ってしまう。
「私は別世界の先生の器で、最近出来たスワンプマン……?」
あまりにも荒唐無稽な話だ。
しかし黒服の言葉を信じるとするならば、これが真実。
ただどうしても納得できない。
「じゃあ私の記憶は、何処までが本物……?」
確かに黒服の言う通り、私には中学校以前の記憶が一切ない。
それを今まで疑問に思った事もなかった。
正確に思い出せるのは……二年前ホシノと初めて会った時。
だけど本当に私が生まれたのが一年以内だとしたら。
私は────ユメ先輩に会った事がない、という事になる。
「そんなの、信じてたまるか……!」
ずっと走り続け、そろそろ休もうとした所で、足が縺れた。
倒れそうになり、人にぶつかってしまう。
「わっ、ごめんなさい!」
「あぁん!?いきなりぶつかっておいてごめんで済むか!」
運の悪い事にぶつかった相手は不良だ。
ヘルメット団の集まりだったらしい。
「おら、慰謝料出せや!」
「いやその、カツアゲはよくないと思うよ?」
「ああ!?ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!」
まずい。
相手は五人、私一人では無理だ。
誰かに助けを求めないと──────
「ぎゃあああああ!」
──────爆発が起きた。
硝煙の中、ヘルメット団は一瞬で制圧されていく。
何が起こったのか考える間もない。
その女性は、煙の中から私の前に現れた。
「あら、あらあらあら」
狐の面を被った和装の女性。
キヴォトスに住んでいる人なら名前は聞いた事がある七囚人の一人。
「狐坂ワカモ……!?」
なんでこんな所に!?
私は臨戦態勢を取ろうとしたが、腕が抑えられた。
彼女は私に顔を近付けると品定めするかのように眺めてくる。
「おかしいですわねぇ。貴女からは妙な匂いを感じます」
「な、なんの話……?」
危害を加える様子はなさそうだった。
あの破壊行為をする「災厄の狐」が何の目的で私に接してきたのか。
「貴女、シャーレの先生とはどんな関係ですか?」
ああ、そうか。
私は先生の『器』だから。
あの災厄の狐ですら危害を加えてこないのか。
「……ただの、生徒だよ」
「そうですか。……まぁいいでしょう」
ワカモは私の腕を離した。
私は咄嗟に距離を取る。
「この辺りはヘルメット団が多いので、あまりうろつかない方がいいですわよ」
「……ご忠告ありがとう」
お礼だけ言い、私はすぐにこの場から離れた。
ワカモと共にいると、私が先生の『器』である事を強く実感してしまう。
そうなると、黒服の言った事が本当だという結論になってしまう。
私が『スワンプマン』である事も。
正体云々よりも、過去に起きた出来事が捏造された物という事が一番嫌だった。
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