「貴女はスワンプマンという思考実験をご存知ですか?」
黒服が珈琲を淹れ、私の前にあるテーブルに置く。
「スワンプマン……?」
「ある日男がハイキングに出掛けたら沼の傍で雷に打たれて死んでしまいます。その時、雷が化学反応を起こして、沼の泥から死んだ男と同じ記憶を持ち、全く同じ見た目をした存在が生まれました」
珈琲を飲みながら話を聞く。
……悔しいけど私が淹れるより美味しい。
「この存在は記憶や知識、感性も一緒。死んだ男と何一つ違う所がありません」
この話が私と何の関係があるのかがわからない。
ただ珈琲が美味しいので黙って聞く。
「さて、この存在は死んだ男と同一の存在でしょうか?」
「……その話がどうしたの」
「クックック、思考実験ですから。貴方はどう思いますか?」
答えないといけないらしい。
それなら真面目に考えようか。
元の人間と全く同じ形で記憶もあれば、同じ存在として扱っていいのだろうか。
なんとなく、私は違う気がする。
「……同じ存在ではないんじゃないかな」
「何故そう思うのです?」
「それまで生きてきた経験がないから。記憶を引き継いでるだけじゃ、同一の存在とは言えないと思う」
よく漫画とかであるクローン技術。
あれと似たような感じだと私は思う。
例えオリジナルと同じ記憶を植えられてもそれはクローンに過ぎない。
「経験が無いから同一ではない……クックック、それが貴女の答えですね?」
「そうだよ。それが何か問題あるの」
「いいえ。ではそろそろ本題に入りましょうか」
そう言って、黒服は私の正面にある椅子に腰かけた。
「貴女の秘密。器とは何を示すのか」
「もったいぶらないで早く教えて」
「クックック、焦らなくとも教えますよ。そういう『役割』ですから」
意味深に笑う黒服。
『役割』というのが気になるが。
今は私の話が先だ。
「この前貴女の身体を操っていた者の正体ですが────『シャーレの先生』です」
「……っ!」
予想はしていた。
周りの反応からして、そうなんだろうと。
それでも驚きは隠せなかった。
「……やっぱり、先生だったんだ」
「誤解をされているようですが、ここでいう『シャーレの先生』とは貴女の知っている先生ではありません」
どういう事だろう。
先生が他にいるとでもいうのか。
「貴女の身体を借りたのは、ここではない別の世界線に存在する先生です」
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