「カタリちゃんだよね?」
「ユメ先輩……」
「でも私が知ってるカタリちゃんより大人っぽいね。カタリちゃん将来はもっと可愛くなるんだ」
「…………」
「……あれ、どうしたの?」
「……梔子ユメさん。私は貴女の後輩じゃないんです」
「え、人違いだったかな。そうならごめんなさい……」
「いえ、そうではなく……土御門カタリは貴女と共に過ごした事はありません」
「……どういう事?」
「私は作られた存在で……過去は捏造された物なんです。貴女と出会ったカタリは、記憶の中にしか存在しない。私がこの世界に生まれたのは貴女が……」
いなくなってから、と言いかけた所でカタリは口を噤んだ。
彼女が死んだという事実を、本人に言うのは気が引けたから。
「……ともかく、土御門カタリは貴女と出会った事はないんです。私は貴女の後輩じゃない」
「そうなんだ……」
少しの間沈黙が流れる。
カタリは梔子ユメの顔が見れず、俯いていた。
「……うんっ、わかった!」
ユメはカタリの手を優しく握る。
思わず顔を見ると、ユメは微笑んでいた。
「初めまして、土御門カタリちゃん。私は梔子ユメ。私の後輩になってくれませんか?」
「え……どうして……?」
「カタリちゃんとの記憶が作られた物だったとしても、それでカタリちゃんの性格が変わる訳じゃないでしょ?」
「確かに私の性格は変わりませんけど、それは……」
「じゃあむしろ、カタリちゃんとの思い出が出来てラッキーだよ。本当は出会えなかった筈のカタリちゃんと過ごせたなんて、私は嬉しいな」
「なんで……そんな事を言ってくれるんですか……!」
カタリはすぐにでも泣きそうなのを我慢していた。
自分はこんな優しくされていい存在だと思ってないから。
「私は、皆を騙していたんです!本当は会ったばかりなのに、昔からの友達のような顔をして……!こんな存在が許されていい筈がない!私は皆と一緒に過ごす資格なんて無いんです!」
「……カタリちゃん。それを決めるのは、カタリちゃんじゃないと思うよ」
「え……?」
「カタリちゃんはその事を皆に相談したの?」
「……してません。だって、許してもらえるわけ……」
「私はそうは思わないよ。カタリちゃんは優しい子なんだから、素直に話せばわかってくれるよ」
「どうして、そう思うんですか……」
「だってカタリちゃん。他人の心配が出来る子だもん。私もよく助けてもらってたよ」
「でも、私は……」
貴女が死んだ時に逃げてしまった。
ホシノを置いて。
その言葉を飲み込む。
「その証拠に、カタリちゃんを呼ぶ声が聞こえるよ?」
「声……?」
カタリは耳を澄ます。
微かに聞こえる。
カタリを呼ぶ友人達の声が。
「ヒナ……アル……それに、ハルナ……?」
「カタリちゃんの友達だよね。心配してるみたいだよ」
「……どうして、こんな私を」
「カタリちゃんの事をこんなに大事に思ってくれてる人がいるんだから、戻らないとダメだよ」
「……私は、戻っていいんですか……?」
「……カタリちゃんはどうしたい?」
「私は……私は……!」
ユメが握っている手を、カタリは握り返した。
顔を上げ、ユメの顔をしっかり見る。
目に涙を浮かべながら。
「私は、戻りたい!皆と一緒に、また日常を過ごしたい!」
カタリの返答を聞いたユメは微笑んだ。
「えへへ、やっとカタリちゃんの本音が聞けたよ」
「ユメ先輩……ありがとうございます」
電車が止まった。
扉が音を立てて開く。
扉の外は光で満ちていた。
「カタリちゃん、頑張ってね。私も応援してるから」
「……ユメ先輩。お願いが、あるんですが……」
「お願い?うん、可愛い後輩の頼みならなんでもするよ」
「……私を、抱きしめて貰ってもいいですか?」
「いいよ。おいでカタリちゃん」
ユメが両手を広げる。
カタリはそこに飛び込んだ。
もう二度と感じられない温もり。
永遠に感じていたい温もり。
「……カタリちゃん、ホシノちゃんをお願いね」
頭を撫でながら、ユメは呟く。
カタリは思い出した。
ユメと最後に交わした言葉も、ホシノを託す言葉だった事を。
『私は大丈夫だから、ホシノちゃんの傍にいてあげて。お願いだよ、カタリちゃん』
この約束を、また違える訳にはいかない。
逃げるのはもう終わりだ。
「……はい、任せてください」
もう二度と破らないと誓う。
ユメ先輩と約束した事を。
カタリは心を決め、ユメから離れた。
「ありがとうございました……もう、大丈夫です」
カタリは笑顔を見せた。
心からの笑顔。
ユメも笑顔で、カタリを見送る。
「カタリちゃん、気を付けてね」
「……ユメ先輩も、コンパス忘れないように気を付けてくださいね」
「ひ、ひぃん……気を付けてるんだけどなぁ」
もしカタリが何か言ってもユメが死亡する事実は変わらないのだろう。
でも一応、注意の言葉だけ言いたかった。
もしかしたら、という気持ちが僅かでもあったから。
「……では、そろそろ行きます」
「うん。友達と仲良くね」
「はい……お元気で」
カタリは光が溢れる扉へと飛び込んだ。
声がする方へひたすら走り続ける。
帰りを待ってくれている友人の元へ。
今もなお名前を呼び続けてくれている者の元へ。
───鐘の音は、もう聞こえない。
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