本を読み始めて1時間ほど経っただろうか。
彼女から声をかけられる訳でもなく、読書に集中出来た。
一区切りついたので彼女の方を見てみる。
彼女も集中して本を読んでいた。
「…………」
絵になる光景だと思った。
小説の挿絵をそのまま現実に落とし込んだような、神秘的な風景。
少し目を奪われていると、彼女がゆっくりと本を閉じた。
顔を上げ、こちらを見る。
「……あれ、閉館時間だったりする?」
私がこっちを見ていたのが気になったのか、彼女は首を傾げた。
「いえ……集中して読んでいたようなので」
「あははっ、似合わないって?」
むしろ逆だった。
桐藤ナギサや百合園セイアであれば本を読んでいるイメージがあった。
しかし聖園ミカの所作も本を読みなれている人のものだ。
「……昔読んだ事のある、思い出の本なんだ。貴女は読んだ事ある?」
彼女の質問に私は頷く。
昔読んだ事がある。
悪い魔女によって塔に囚われた姫様を、王子様が助けにくる。
そんな話だった。
「よくある御伽噺って感じだよね。……でも、私はこの話が好きなんだ」
慈しむように本を見つめる姿。
その姿を見てなんとなくだが、私の苦手な人間とこの人は違うのかもしれないと感じた。
「……えへへ、私には似合わないよね」
「似合う、似合わないなんてないです」
少し自嘲気味に笑う彼女に、私は思わず口に出していた。
「読みたい人に読んでもらえるのが、この子達にとっても幸せだと思いますから」
少なくとも私は彼女が本を読む事を嫌だとは思わなかった。
所作の一つ一つからこの子を大事に扱っているのは伝わってきた。
「ありがとう、えっと……古関さん」
彼女は両手で本を持ち、私に手渡してきた。
私は受け取り、元会った場所に戻す。
「じゃあ、今日は帰るね。色々ありがとう」
「……御伽噺が、好きなんですか?」
帰ろうとした彼女を呼び止める。
……一人の方が好きなのに。
この子達が、彼女を求めてる気がした。
「よ、よければ……次に来る時までに、おすすめを用意しておきますよ」
「……また来ていいの?」
彼女は驚いたような顔をしている。
むしろ私の方が驚きたい。
こんな提案をするなんて考えた事もなかったから。
「……はい、嫌じゃなければ……」
顔が熱い。
こうやって人を誘う事なんてなかった。
「うん、絶対来る!」
彼女は嬉しそうに笑って私の手を握った。
距離感が近すぎる。
私が戸惑っていると、彼女は苦笑いしながら手を離す。
「あ、ごめんね?」
「い、いえ……こういうのは慣れてないので……」
「気を付けるから、許してくれたら嬉しいな」
この距離感に慣れるのは時間がかかるかもしれない。
私としては本を読む関係にこの距離感は必要ないと思うが。
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