……○○さん?
ボーっとしてるけど大丈夫かよ。
変なモンでも食った?
(───そうして、約10年と少しが経過し、今に至る)
(あなたはあの後、すぐに児童養護施設に就職し、イザナと出会った。相変わらず一人でいるイザナを抱きしめ、ただひたすらに、自分の思う愛を説いた。血の繋がりが無くても、家族にはなれる。自分がイザナの姉になると、何度も何度も言い聞かせた)
(言葉だけではなく、信じてもらえるように行動でも示した。イザナが外で不良に絡まれているのを見かければ、身を挺してでも止めた。犯罪に手を染めようとしていることを知り、頼むからやめてくれと土下座した。そのたびに理解できないと顔を顰めるイザナに、家族に傷ついてほしくない、と何度もその小さな体を抱きしめた)
(そのおかげかイザナは傷害で少年院には入ったが誰を殺すことも無く、不良のチームを作りはしたが、それだけだった。喧嘩には明け暮れているものの、あくまでも子供としての範疇であり、そこまで心配しなくても大丈夫そうに見えた)
(──万次郎とは、あれ以来会っていない。イザナのためだ。けれども一度だけ、クリスマスに匿名でプレゼントを贈った。とは言っても、道場の入り口にあるポストに、クリスマス用の包装紙に包んだ白いヘアゴムを投函しただけだ。……"初めて会った時"の万次郎に、クリスマスプレゼントとして渡したのと同じ物。実はこっそりもう一つ買い、普段使い用に常に右腕に身に着けている)
(ある日の夜、あなたはこっそりと部屋を抜け出し、真一郎のバイク屋を見張っていた。右手には金属バットを持ち、全身を黒い服で覆い、不審者の如く佇んでいた)
("今回"、あなたと真一郎に接点は無い。彼はイザナの口からたまに出てくるあなたのことを、ただの施設の職員の一人としか思っていなかった。だからこそ出来るやり方だった)
(ちょうど日付が変わった頃、子供が二人、こちらに向かってやってきた。その手に物騒な物が握られているのを確認してから、あなたは大きく金属バットを振り被り、店の窓を思いっきり叩き割る。途端に鳴り響くガラスの割れる音に驚いたのは、あなたではなく、その二人の少年と──店の裏口から少し離れたところにいた真一郎だった)
(とにかく今は不味いと思ったのだろう。二人は慌ててその場から走り去り、あなたも真一郎がこちらに来る前に逃走した。これであの二人もしばらくは店に近寄ることもないだろうし、第一、もう少しすれば真一郎に呼ばれた万次郎がこちらに来ることになっているはずだ。あなたは真一郎を救ったのだ!)
(これでイザナと真一郎が仲直りをし、万次郎とも上手くいけば、きっと二人も救われる)
(何事もなかったかのように部屋に戻り、服を脱いでバットをクローゼットにしまってから、あなたは泥のように眠った。その日、万次郎とイザナが気まずそうにしながらも一緒に遊んでいて、後ろで真一郎とエマが笑っている夢を見た。心から望んだ、幸せな夢だった)
(それから一週間ほど経ち、あの日の夜、あなたが走り去った後に真一郎が大人の強盗二人組に殴り殺されていたことを知る。真っ青になったあなたの横で、イザナが黙ったまま服の裾を掴んできたことを、あなたはよく覚えている)
……マジで大丈夫か?
気分悪ィなら寝てろよ。
皿洗いならオレがやる。
(柔らかい声音で気遣ってくれるイザナに礼を言い、おとなしくソファへと腰を下ろす)
(──穏やかで優しい時間。真一郎が死んでから、もう2年が経っていた)
(だからあなたは気付かなかった。……真一郎が残した燻りが、イザナの心中に影を落とし続けていたことを)
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