(─────)
(─────………)
(それから10年以上の時が過ぎ、万次郎は日本を裏から牛耳る反社会組織──梵天のトップに君臨していた)
(彼はかつての仲間であった東京卍會のメンバーと決別していた。その真意を知る者は、本人である万次郎と──とある一人の男だけだ。"衝動"に身を任せ、暴力で支配する。そこにかつての万次郎の面影はどこにもなかったが、彼自身が望んだ事でもあった)

(──いつからだろうと、万次郎は思い返す。気がついた時には、まず食欲が無くなっていた。次に夜眠ることが出来なくなった。薬と点滴でなんとか凌いでいるものの、体は痩せ細り、目の下には隈が出来ている。たまにたい焼きを頬張るものの、丸ごと食べるのが難しくなってしまった。医者はストレスによるものだろうと診断したが、それだけだ。何の解決にもならず、万次郎は即座にその医者を撃ち殺した覚えがある)
(自分の人生は、この先もきっと苦しみだけなのだろう。それでも万次郎には死ぬ理由も無かったので、ただなんとなく生き、気に入らない誰かが目に入るたびに殺してきた。──たとえ面倒なことがあっても、大抵のことは殺してしまえば解決する。それがこの十数年生きた上で得た真実だった)
(そんな万次郎が頂点に立つ梵天が所有するビルには、幹部しか知らない病室があった。入り口のタッチパネルに手を翳せば、すぐに指紋と静脈が照合され自動ドアが開かれる。──そこには一人の痩せ細った女が眠っていた)
(昔よりも骨張ったその腕には、白いヘアゴムが二つ巻かれている。彼女自身が持っていた物と、万次郎の物だ。髪をばっさりと切ってしまった万次郎に、もうヘアゴムは必要なかった。が、捨ててしまうのは惜しいと、悩んだ挙句に女の腕に通すことにしたのだ)
(万次郎は女が眠るベッドに乗り上げ、その隅に横たわり、痩けた頬を撫でる。──兄であるイザナが最後に縋ったモノ)
(静かに目を閉じる。──ただ女の横でだけ、万次郎は不思議と眠ることが出来た。それが何故かも分からないまま、万次郎はその女に抱きつき、足を絡める。──目覚めないくせに、その女は万次郎にとって、随分とあたたかかった)

(──その翌日、一人の男が万次郎に会いにきた。万次郎は無表情で銃を取り出し、迷うことなく発砲する。……おそらくあの男はもう助からないだろう。あの男らしからぬ、呆気ない終わりだった)
(これで守りたい物は全て無くなってしまった。──だからこそ、すべてを終わらせる。万次郎はそう決意し、最後に病室を訪れた。変わらず眠り続けている女は、やはり目を覚さないし、自分の名前を呼んだりしない。ただの人の形をした肉塊に過ぎない)

(彼は銃を構え、少しだけ思考を巡らせてから、その額に銃口を当てた。なんとなく、そうするのが正解だと思ったからだ。イザナの忘れ形見だからと鶴蝶に頭を下げられたから引き取っただけに過ぎない女。鶴蝶は毎日のように病室を訪れて世話をしているらしいが、万が一にもこの女が目覚めることはない。ただの無駄だと分かっていた)
(万次郎は首を傾げる。何故この女を、自分は生かしてやったのだろうかと)
(──あぁそうだ。夢の中に出てくる女に、少しだけ似ていた)
(セーフティを外し、そのまま引き金を引く。ドン、と重い音がして、さっきまで一定のリズムで鳴っていた機械からは、けたたましいエラー音が鳴り響く)

(──なんとなく、万次郎は女が持っていた方のヘアゴムを抜き取り、自分の腕に通してみた)
(こびりついて乾いた血は赤を通り越し、ところどころが黒くなってしまっている。ふわふわな手触りは見る影もなかった。……やはりどこにでも売っているような、ただのチープなヘアゴムだった)
→