名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(───こうして神奈川最大の不良集団である横浜天竺と東京最大の暴走族である東京卍會の総勢約500名によるこの抗争は、逮捕者5名、軽症者多数、重傷者2名、および死者3名を出す凄惨な結果で幕を閉じることになる)





(救急車や警察が駆けつけてくる数十分前──。万次郎は東京卍會のメンバーを解散させたあと、地面に倒れ伏す二人と、壁に寄りかかっている部外者の女を見下ろしていた)


(──どうやらイザナが自分を恨んでいるらしいという事は知っていた。今は亡き真一郎が、かつて弟と呼んでいた男。今回の抗争を起こしたのも、自分に対する因縁からだと万次郎は自覚していた)

(それでも万次郎は、イザナが手を伸ばしてさえくれればその手を取る覚悟があった。真一郎が殺され、エマが死に。──それでも最後に残された兄弟を、救いたいと思っていた)


(頑なに万次郎を拒んだ手は、死してなお、途中から飛び込んできた知らない女の手をしっかりと握りしめている。──どこからどうみても、その女はイザナに似ていなかった。けれどもイザナが彼女のことを「ネェ」と呼んだのを、万次郎は確かに聞いていた)




…………?


(万次郎は、ふと女の右手を注視した。女自身の血で汚れているが、そこにはヘアゴムが巻き付いていた。何の変哲もない白いヘアゴム。どこにでも売っているであろうソレに、万次郎はふいに自分の髪を解き、自分のヘアゴムを隣へと翳す。──やはり同じものだ)

(まだ万次郎が小さい頃のことだ。クリスマスの夜に、真一郎が小さな紙袋を片手に万次郎の部屋を訪ねたことがあった。メッセージカードの添えられていない、ただ宛名だけが書かれた小さな袋。赤と緑で彩られたその紙袋を開けてみれば、そこにはふわふわの白いヘアゴムが入っていた。……普通なら気味が悪いと思ったかもしれないが、万次郎はこのヘアゴムを甚く気に入り、普段から使うようになった。──なんだかこのヘアゴムで髪を結ぶと、少しだけ幸せな気分になった)


(あまりの偶然に、万次郎は目をぱちぱちと瞬いて女の顔を凝視する。……そういえば、この女は自分に向かって何か言っていた気がする)

(万次郎の中で、よく分からない感情が蠢く。今度はしっかりと顔を見てやろうと頬に手をやったところで──微かに感じる脈拍に、今度こそ驚いて「は?」と声を漏らした)


(───女はまだ、生きていた)