名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(──それから。あなたは事務作業をする時以外、常にイザナを気にかけるようになった。食事をする時も休憩する時も、なるべくイザナの側に居るようにした)

(養護施設での生活は快適だ。同僚は気安く話しかけてくれるし、院長には預かっている子供を必ず幸せにしたいという熱意がある。万次郎と友人だったこともあってか、子供を相手にするのもなかなか楽しかった)

(子供達にとって目新しい大人だからだろう。油断するとすぐに囲まれて、今日も揉みくちゃになりながら遊ばれる。子供が多いので喧嘩も絶えず、誰かしらが毎日取っ組み合いをするので、それを引き剥がすたびに傷が増えた。なかなかハードなこともある。けれどもそんな生活を、愛おしいと思い始めている自分もいた)


(あの日から、イザナはよく遠くからあなたを見つめてくるようになった。猫のようにこちらを観察し、近づけば何故か遠ざかる。手を伸ばせば一度は避けるものの、結局捕まって一緒に遊ぶ。一緒にご飯を食べていいかと聞けば、「好きにすれば」とそっぽを向く。その横顔がなんだか嬉しそうなのに気付かないふりをしてお礼を言うと、キュッと口角が上がるのだ)

(その笑い方が万次郎にも真一郎にも似ていて、不思議なものだと感心する。プレートに乗っていた唐揚げをひょいと口に入れると、またじっと見つめてきたので「食べる?」と聞けば、イザナは嬉しそうにはにかんだ)

(あまりの可愛さに頬を緩め、優しくイザナの頭を撫でる。私の、可愛い弟分)


(──イザナはたまに、ガイジンと言われてからかわれていた。周りの子も普段はそんなことを言わないものの、喧嘩になればストッパーが振り切れてしまうのだろう)

(初めてその現場を見た時、あなたは咎めようか迷った。何を言ってもイザナが傷付くと思ったからだ。イザナは案外平気そうな顔をして、言ってきた相手を蹴り飛ばしていた)

(その日もイザナは一方的に絡まれ、面倒臭そうにあしらっていた。そんなイザナの態度に腹が立ったのか、その子はガイジンのくせに、と叫び始める。イザナの方を見れば、顔を伏せて怒りに手を震わせていた。これはまた殴り合いになるだろうなと遠い目をしたところで、イザナが顔を上げる。その目尻には涙が溢れていた)


(───イザナは嫌だったのだ。許せるような言葉ではない。その涙を見た時、子供の喧嘩だから、一過性のものだと何も言わなかった自分を恥じた。誰かにガイジンと叫ばれるのが、イザナにはとても苦痛だったに違いない。そんなことにも気付けなかった自分への怒りのあまり、「家族にそんなことを言うな!」と、気付けば大声で叱り飛ばしてしまっていた)

(すぐにごめんなさいと泣き始めた子供の横で、イザナはぽかんと口を開けてあなたを見上げていた。泣いている子供を抱き上げ、自分も悪かったと謝罪する。見守っていた他の子供達にも、イザナにも同じように謝った)

(万次郎のためではなく、真一郎の頼みでもなく。あなたはあなた自身で、子供たちを幸せにしてやりたいと思うようになっていた)