(──あなたが此処で働くようになってから3日経った)
(今日もぼんやりと一人で静かに過ごしている少年の名前が黒川イザナだと知るのに、たいして時間はかからなかった。院長から渡された子供たちの顔写真付きの名簿一覧を見た時、どんなに驚いたことか。あの時の衝撃は忘れない)
(真一郎から下の名前だけは聞いていたものの、どのような容姿かは全く聞かされていなかったので気付かなかったのも無理はないと思う。……確かに日本人らしくない名前だとは思ったが、それにしても、真一郎は言葉が足りない)
(この3日間、彼を観察して分かったことがある。──黒川イザナは、施設内に友人がいない。いつも一人で過ごし、一人で食事を取っている)
(引っ込み思案なタイプなのかと思えばそういうわけでもないらしく、単に周りの子に興味を持てないようだ。嫌なことは嫌だと言うし、時々手が出ては相手の子を泣かしている。割と喧嘩が強いらしい)
(無口なイザナは何を考えているのか分からないらしく、手も足も出るのが早いので、どうやら同年代には恐ろしく見えるらしい。だから誰もイザナに話しかけないし、イザナも一人でいる。それが当たり前になってしまっているようだった)
(院長に相談するものの、返ってくるのは共感だけだ。家庭環境も複雑で、妹は別の家に預けられ。まだこの施設に来たばかりのイザナに対してどのように接すればいいのか、彼女も計りかねている)
(真一郎に頼まれたのは、あくまでも見守って欲しい、という一言だけだ。打ち解けられなくても、自分が世話をしてやれない間だけでも、何かあった時のために大人の目線でイザナを守ってほしいのだと懇願する真一郎の目はやっぱり万次郎とそっくりで、断ろうとは思えなかった。……あの瞳に弱い事は、あなたが一番自覚している)
(だけど、どうせなら。……万次郎の兄であるイザナにも、幸せになってほしい。それが万次郎の幸せにも繋がるかもしれない)
……………?
(対面に設置された椅子を引き、黙ったままイザナと向かい合う。その綺麗な眉が僅かに寄せられるのも構わずに、あなたはぐっと顔を近づけてイザナの顔を凝視した)
…………なに。
アンタもガイジンって言いたいわけ?
(何度も自分でその言葉を吐いてきたのだろう。慣れたように呟くイザナの目を覗き込む。その目が大きく見開かれるのも構わずに、あなたは両手でイザナの顔を優しく包んだ)
(夕陽に照らされて、アメジストの瞳の奥で小さな星がキラキラと輝く。万次郎とは違う、透明で、目を離せば溶けて無くなってしまいそうな瞬き。────綺麗だ。そう溢してしまったのにも気付かずに、ただただその瞳を見つめ続けた)
(色が違うのに、血も繋がっていないのに、こんなにも惹かれる。吸い込まれそうになる。──これを兄弟の証と言わずに、なんと言うのだろう)
(ゆらゆらと戸惑うように揺れるアメジストが、じっとあなたを見つめ返す。結局外で遊んでいた子供たちが帰ってくるまで、あなたはずっとイザナの瞳を見つめ続けていた)
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