(それからイザナの生活は随分と様変わりした)
(女に抱きしめられたあの日。イザナは彼女を蹴り飛ばし、その場から逃げた。──知りもしない大人に泣かれ、名前を呼ばれ、抱きしめられた。そのどれもがイザナには経験の無いことであり、パニックになってしまったからだ)
(次の日には向こうから謝られたが、しばらく女と目を合わせることが出来なかった。なんせ母以外に初めて抱きしめられたのだ。イザナは正直、ちょっと恥ずかしかった。なので女に絡まれるたびに、蹴ったり殴ったりして逃げ回るのを繰り返していた。──そんな彼女との攻防も、半年を過ぎれば落ち着くもので)
(女は『○○』と名乗り、子供であるイザナでも分かるぐらいによく働いていた。いつもニコニコしているし、人当たりもいい。子供に誘われれば一緒に楽しく遊んでいるし、世渡りが上手いというのだろうか、他の職員や院長とも随分と仲が良いらしい。……自分とは正反対だ。そう思いながら今日もイザナはぼんやりと窓の外を眺める。……時計を見れば、もうすぐ17時を示そうとしている。そろそろか、と扉に視線をやれば、ガラリと大きな音を立てて、笑った○○が顔を出した)
(───『イザナ』。窓から差し込む夕陽に照らされて、○○が愛おしそうに微笑む。……周りからガイジンだと蔑まれる瞳の色を、彼女はよく綺麗だと呟き、嬉しそうに覗き込んできた。この肌の色も、髪の色も、差別の対象でしかなかったはずなのに、彼女にとってはよほど美しいモノであるらしい。それを幼い頃のイザナが嬉しく思い、だんだんと心を開くようになるのも当たり前のことだった)
(目の前で嬉しそうに笑い、自分の頭を撫でてくる○○を見る。──もし自分に姉が居たのなら、こんなふうに、イザナを愛してくれたのだろうか。彼女が呼ぶ自分の名前の音は、他の誰を呼ぶ時よりも甘く、確かに愛が込められている。誰にも愛されたことのなかったイザナにとって、それは大きな衝撃であり、喜びだった。──自分だけの、お姉ちゃん)
(血が繋がっていなくても、家族にはなれる。そう言って自分を抱きしめる○○を、イザナは恐る恐る、ネェと呼んでみた)
(『ネェ』は顔をくしゃくしゃにして、イザナを抱き上げ、その額にキスを落とした。──その日から○○は、イザナの『ネェ』になった)
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