名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(──目が覚めてから3年。あなたはイザナの居る児童養護施設に就職し、順調に穏やかな日々を送っていた)

(出会った時に比べると、イザナはとてもよく懐いてくれている。あんなにもツンケンしていたのに、今ではあなたが施設の中を歩き回っていると、その後ろを小走りしながらもついてくるようになった。今日もイザナはあなたの後ろを歩きながら、ギュッと裾を握ってくる。あまりにもイザナが握ってくるものだから、あなたの服の裾はすぐに伸びてしまい、よく買い替えるようになった)


○○さん。いま言ってたこと、本当?
オレ、エマに会えるの?


(──『エマに手紙を出してみないか』。1年ほど前にイザナにそう提案した時、イザナはすぐに答えなかった。両手を固く握りしめ、引き結んだ口の端をむずむずと動かしたのを見て察した。──自分がもう妹の世界には居ないのではないかと、イザナは怖がっていた)

(けれどもイザナは最終的に手紙を書き、出してほしいと渡してきた。その真っ白なはずのハガキが一面文字に覆われているのを見て、一人でこっそり泣いたのをよく覚えている。一週間もせずに返ってきた妹からのハガキを高々と掲げて、「エマから手紙きた!」とはしゃぐイザナの笑顔に、あなたは一つの決心をした)


(はたから見れば残酷なことを、と非難されるかもしれない。イザナにとってその決意が良い方向に転がるかも分からない。下手をすれば一生消えない傷を残してしまうかもしれない)

(けれどもあなたは、嬉しそうに笑って抱き着いてくるイザナに、どうしても機会を与えてやりたいと思ってしまった。──そうして今、あなたはイザナと二人、顔を突き合わせて話し合っている)



(──真一郎には、既に相談していた。面会者の一覧から電話番号を探し出し、アポを取れないかと電話越しに頭を下げた。はじめは驚いていた真一郎も、あなたの名前を聞くとすぐに笑って了承してくれた。彼はよく遊びに来てはイザナを攫って出かけていくので、イザナの口からあなたの名前を聞いたことがあるのかもしれない)


(目を瞬かせてこちらを見つめてくるイザナに小さく頷く。もちろん、行きたくないなら行かなくてもいいと念を押した。エマに会うか会わないかはイザナが決めることであり、部外者である自分が口を出すことではないと思ったからだ)


(机の上に投げ出されていた小さな両手が、ギュッと握りこぶしを作る。綺麗な青紫の瞳が、迷うように揺れている。──しばらくの沈黙のあと、イザナは大きな音を立てて立ち上がり、口を開いた)



(───そうして今、あなたとイザナは佐野道場の前に立っている)