(佐野万次郎の朝は遅い)
(AM8:00。何度もエマに声をかけられながらも、万次郎は布団の中に潜り込んで小さな寝息を立てている。夜遅くに集まりバイクを流しているのだから当然である。「いい加減にしてよマイキー!ご飯冷めるでしょ!?」……エマの怒り狂う叫び声など、万次郎にとってはいつもの事なので気にも留めない。今は惰眠を貪る方が大切なので。もちろんエマに仕掛けられたアラーム付きの目覚まし時計は、壁にぶつけられて転がっている。衝撃で電池まで抜けたので、もはや何の意味も成さない物体と化していた)
(さらに10分後。万次郎にケンチンと呼ばれている辮髪の大男が現れ、万次郎の布団を剥ぎ取り怒鳴り始める。が、やはり万次郎はムッと眉を寄せるだけで、残された敷布団にしがみつき目を開けることはない。あまりの寝汚さに男は米神をヒクつかせながら、大きく「揚げパン!!」と耳元で叫んだ。………。今日の給食のメニューだった)

ケンチン声でけぇ。
ウルサイ。
(なんということだろう。そのたった一言で、今まで意地でも動かなかった万次郎が上体を起こす。揚げパンは万次郎の大好物の一つである。どうやら食欲が睡眠欲に勝ったらしい。だるそうに膝を立て、ゆらりと力無く立ち上がる。「テメーが起きねぇからだろ!さっさと着替えて来い!」──大きな音を立ててドアを閉められたので、寝起きで沸点だだ下がりの万次郎は腹いせに近くにあった空のゴミ箱をガンッと蹴り上げた。まるでピンボールのように壁と天井にブチ当たったゴミ箱は、見事に四角形を描いて元の場所へと戻ってきたが、万次郎にはどうでもいいことであった)
(ハンガーにかけてあった制服を手に取り、よろよろと片足を持ち上げてズボンを穿く。万次郎が学校に行く理由は、ひとえに給食を食べるためである。ついでに最低限度の勉強。万次郎は勉強は嫌いだが、本人の意志とは裏腹に地頭は存外悪くなかった。前にほんの気まぐれでテスト前に勉強し、赤点を免れたことを親しくしている年上の女に話したところ、随分と褒められてしまい、それからはほんの少しだけ勉学に励むようになった。誰かさんのように留年して軽蔑されるのもアレなので。……中身の年齢はさておき、今の佐野万次郎はただの恋する中学生であった)
(それでも気が乗らない時は乗らない。ズボンを膝までずり上げた瞬間にひどく面倒くさくなり、やっぱり揚げパン諦めようかな……と万次郎が心の中で呟いた瞬間、今度は軽いノックの音が聞こえてくる。「あ! ちょっと待って! 開けんなよ!?」慌ててズボンを最後まで穿きシャツに腕を通し、焦りながらも自分からドアノブを捻った。……やはりそこには思った通りの人物が居て、さっきまでの不機嫌な雰囲気はどこに行ったのか、彼は満面の笑みを浮かべて目の前にある体に飛びついた)

ゴチソーサマ!
○○さん、髪やってー。
(エマからの鋭い視線や呆れた顔をしている親友の存在など物ともせず、出された朝食を完食した万次郎がこちらに擦り寄ってくる。先に食器を流しに置いて歯を磨いておいで。頭を撫でながらそう言えば、「ウン」と頷いて言われたとおりに動くので、エマは口元を引き攣らせた。あんなにイイコの兄は、もはや兄ではない。兄の形をした別のナニカだ。「○○ちゃんの前だとすぐそうやって!!」ぷりぷり文句を言いながら洗い物をしようとするエマの肩を叩き、あなたは自分に任せて欲しいと笑った。なんせエマも今から学校があるのだ。あまり時間に余裕はないし、エマはエマで自分の準備があるだろう。驚いて目を瞬かせるエマの背中を押し、あなたはゴム手袋を手に取る。そこまで量も無いのですぐに終わるだろう)
○○さん!歯磨きしてきた!!
髪やって!!
(数分も立たずに戻ってきた万次郎に苦笑しながら、洗ったお皿を水切りラックへ並べていく。「ねぇ早く!遅刻すんじゃん!!」……普段は遅刻しても気にしないくせに、背中にくっついて頭をぐりぐり擦り付けてくるところも、なんだかんだで可愛いと思ってしまうのだから不思議だ。適当に返事をしながら、万次郎を引きずってソファへと移動する。ふわふわの髪を優しく梳いて、ご要望通りの髪型にしてあげた)

あんがと。
どぉ? 今日も似合ってる??
(「世界で一番似合ってるよ」──本心からの言葉に、万次郎がふわりと笑う。その柔らかい頬を包み、惹かれるように無言で顔を近づけた)
ん。……いってくる。
放課後デート、楽しみにしてるネ♡