(───某日、駅前のファミレスにて)
(中学に入学して半年が経ち、季節は秋を迎えている。そんなある日、家族と共にファミレスで食事をしていたとある一人の少年は、斜め前方に案内された新しい客の姿を見るや否や、ギョッと目を剥いて固まった)
まだかなー。
メール。……ハァ、きてねーし。
いつも遅ぇんだよなー。
(何やらブラブラと足を遊ばせながら、ピンクゴールドの髪色をした男が頬を膨らませてメニューを見ている。──『無敵のマイキー』!そう呼ばれる彼は、うちの中学ではとても有名な不良である。その界隈に縁遠い少年であったが、前に校庭をバイクで走り回って仲間らしき男と鬼ごっこをしているのを見た時にクラスメイトからその名前を聞き、その意味の分からなさに恐れ戦いた記憶がある)
(──いわく、100人以上の舎弟が居る。すれ違った奴をボコボコにするのは当たり前。ハラが減ったら目に入った車に火をつける。どら焼きが無いとメチャクチャに暴れだして教室を半壊にする。天上天下、唯我独尊。オマエのモノはオレのモノ。重ねて渋谷を統べる東京何とかという暴走族チームの総長──噂の真偽は不明なものの、とにかく学校中の生徒だけでなく教師からも恐れられている存在である)
(そんな彼が何故か一人ファミレスにいる。どうやら誰かと待ち合わせをしているらしい。今自分は中学の制服を着ている。もしかしたら暇つぶしと言わんばかりに絡まれてしまうかもしれない。「(早く帰りてぇ……)」、そう思う少年とは裏腹に、家族はみんなゆっくりと食事を楽しんでいる。どうやらこちらもまだまだ時間がかかりそうだ。少年は心の中で泣いた)
(憂鬱な気持ちで目の前のチーズインハンバーグを食べている少年の耳に、入り口のベルの音が飛び込んでくる。──瞬間、『無敵のマイキー』が勢いよく立ち上がり、自分の目の前を駆け抜けていった)

○○さん!!
もーー遅ぇじゃん! オレずっと待ってたんだけどー。
席確保してあるから来て! こっち!!
(さっきまでの拗ねた雰囲気とは打って変わって、ニコニコ笑った『無敵のマイキー』が女の腕に抱き着きながら誘導している。……誰だアイツ!そう戸惑う少年の心などつゆ知らず、佐野万次郎は満面の笑みで女を奥の座席へと押し込み、その隣へと腰を下ろした。隣同士でいいのかと困惑気味に尋ねる女に、彼は何度も頷いて体を擦り寄せている。……狭そうだ。お冷を持ってきた店員はそう思ったが、もちろん口には出さずに笑顔でコップを女の前へと置いて去った。それが仕事なので)
○○さん何にする??
この後オレん家来るんでしょ?
じゃー軽めがいいよね。デザート! どれがいい??
ドリンクバーつける??
(矢継ぎ早に言葉を重ねる『無敵のマイキー』に、少年はぱちくりと目を瞬かせた。『無敵のマイキー』は学校に来るのも気まぐれだ。加えて学年も違うので、彼の姿を校内で見かける方が珍しい。それでも目に飛び込んでくるたびに、彼はよく屍の山を築き上げて仲間とゲラゲラ笑っている。頻度が少なくとも恐ろしい不良であることに変わりはない。──それが、今はどうだ? ニコニコ笑って甘い声を出すその姿はまるで尻尾を振っているポメラニアンのようではないか!)
(そういえば、少年は風の噂で聞いたことがある。どうやら『無敵のマイキー』には大人の恋人がいるらしい。不良界では自分の女をヨメと称するらしいが、もしかして隣にいるその女が噂の相手なのだろうか。大きく切り分け過ぎたハンバーグを口に入れ、ゴクリと飲み込む。──どうやら自分はとんでもない場面に出くわしてしまったようだ)

ん♡
甘くてうまーい。○○さんも一口食べる?
あーん♡
(──それから少年は、二人がイチャイチャとパフェを食べさせ合うところを1時間かけて見せつけられた。途中で女が「ドリンクのお代わり持ってくる」と言えば、何故か『無敵のマイキー』まで立ち上がり、「オレもオレも!」と無駄に女の腕にくっついて連れ立っている。速攻で烏龍茶のボタンを押す女とは逆に、『無敵のマイキー』は何やら悩んでいるようだ。「○○さんはココアとコーラどっちが好き?」クソどうでもいい質問を投げかけ、ドリンクバーなんだからどっちも淹れたら?と提案する女に頷き、ニッコニコでカップをセットしボタンを両押ししている。もはやそこに居るのは不良でも何でもなかった)
(すぐに戻ってきた二人は、またさっきのようにくっついて今度はドリンクを飲んでいる。主にくっついているのは『無敵のマイキー』なのだが、女も拒否しないのでそれが普通なのだろう。「なぁ、」もはや砂糖を吐きそうな甘ったるい声を出し、『無敵のマイキー』が女の袖を引く。どうやら烏龍茶も飲みたくなったらしい)
(女は一瞬だけ考えてから、まぁいいかとコップを横にずらして渡す。ささったストローを指先で摘まんだ『無敵のマイキー』は、ゆっくりとソレに口付けてチューッと中身を吸い上げた)

……ありがと。
(そう言って俯きながらコップを返す『無敵のマイキー』の顔を見て、少年は何故か無性に恥ずかしくなり机の上へと突っ伏した。「あらあらまぁまぁ」と横にいる母が嬉しそうな声を上げる。どうやら母も偶然見ていたらしい。やめろ余計な事を言うなと念を飛ばす少年の気持ちが通じたのか、それ以上は何も言わなかったので救われた。「(マジで帰りてぇ…)」もはや大好きなハンバーグの味などしなかった。……それとほんのちょっぴり、少年も彼女が欲しくなった)
(結局それから10分経ち、帰ろうかと父親が腰を上げたと同時に『無敵のマイキー』たちも席を立つ。どうやら向こうも帰るらしい。「会計してくる」と伝票を抜いてフロントに向かう女に慌てて着いて行った『無敵のマイキー』も、中身は案外自分と同じような子供らしい。なんとなく心の中でエールを送りつつ、先にトイレに立つ両親の背中をぼんやり眺める。……明日絶対クラスメイトに話そう。そう決意した少年の頭に、何故かふと影が差した)

オマエずっとこっち見てたよな?
オレに何か用?
それともまさか……オレの女に惚れたとかじゃねーよな??
(ヒュッと呼吸が止まる少年の頭を掴み、佐野万次郎が楽しげに笑う。……あの女に見せていた笑顔とは明らかに違うソレに、引いていたはずの冷や汗が噴き出る。……バレていた。顔を青ざめて首を横に振る少年に、「そう?」と首を傾げて佐野万次郎が手を離す)
ここで見たこと、誰にも言わないでネ。
約束♡
(泣きながら頷く少年の背後で、「忘れ物あったー?」と女の声が大きく響く。さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか、再びニコニコ笑って女に駆け寄り店を出て行った『無敵のマイキー』の背中を見つめながら、少年は「オレもトイレ行っときゃよかった…」と半べそでズボンを握り締めた)
(それから少年が駅前のファミレスに近寄ることは二度と無くなったという。「駅前のファミレスには近寄るな」──彼が何も知らないクラスメイトに言えるのはそれだけである)