───オイ。
オマエ、トーマンのマイキーと一緒に公園でたい焼き食ってた奴だよなァ?
(そう声をかけられて振り返った瞬間、マズったな、と顔を顰めた。見るからに自分とは縁遠い身形をした、いわゆる『不良』と呼ばれる男たちに見下ろされ、思わず体を引いて後ずさる。……最悪だ。今日は月に一度の日直の日で、放課後遅くまで残って日誌を書いていたせいで、こんな時間に帰宅する羽目になってしまった)
(なるべく彼らを刺激しないように視線だけを動かして周囲の様子を探る。……早く帰りたいからと普段通らない公園を横切ったのが悪かったのか。時折近くを通り過ぎる大人はみんな、絡まれているあなたを見て見ぬふりして足早に通り過ぎていく。内心泣きそうになりながらも「だからなんだ」と返せば、イカツいパンチパーマの男がグッと腰を折り、バチバチにメンチを切ってきた)
あ゛? なんだその口の利き方はよォ。
女だからってボコられねーとでも思ってんのか?
『無敵のマイキー』に用があンだよ。
ダチなんだろ? 呼び出せよ。
いくらマイキーでも袋叩きにすりゃ殺せンだろ。なぁオマエら!
(ゲラゲラと笑う男たちに顔を顰めつつ、向けられた金属バットを凝視する。……おそらく指示に従わなければ、ソレで自分をボコボコにするつもりなのだろう。……さすがにそれはシャレにならない)
(実際に喧嘩しているところを見たことは無かったが、『無敵のマイキー』と言われるだけあって、きっと佐野万次郎は強いのだろう。こんな不良たちに負けるはずもないだろうし、何よりも自分の命が惜しい。偶然にも今日、連絡網の関係で佐野万次郎の電話番号を知ったばかりだ。その紙は鞄の中にある)
(あなたはスカートのポケットに突っ込んでいた携帯に手を伸ばしかけ───ふと、あなたに貰ったどら焼きを幸せそうに食べている佐野万次郎の顔を思い出していた)
(………。別に、仲が良いというわけでもない。話しかけても冷たくあしらわれる事の方が多いし、たい焼きを一緒に食べたと言っても、たまたまその場に居合わせただけ。こちらから手を伸ばしたところで、それを掴んでくれるような人間ではない。あくまでもただのクラスメイトであり、向こうもそう思っているに違いない。こんな喧嘩もできないような女が無理をして庇う理由がどこにある?)
(────それでも、)
(あなたはポケットから手を抜くと、足を肩幅に開き、長袖を捲った。ポカンと口を開けて驚く不良を睨みつけながら、ギュッと拳を握りしめる)
(ここで佐野万次郎を呼び出せば、彼は二度と自分に話しかけてくることはないだろう。……何故だか、それは嫌だ、と強く思う)
(彼と隣の席になってからというもの、なんだかんだで話をしてきた。いつも自分から声をかけるが、気まぐれに向こうから話しかけてくれた時は嬉しかった。彼が授業中に寝ている姿を、ぼんやりと眺めるのが日課になった。むにゃむにゃと寝言を呟く彼を──可愛いな、と思ってしまった)
(自分はきっと──佐野万次郎と、友人になりたいのだ)
(震えそうになる足を心の中で叱責し、片眉を跳ね上げている男に向かって駆け出す。この体格差に加えて、自分はド素人だ。ボコボコにやられてしまうに違いない。……それでも佐野万次郎を呼び出すよりはよっぽど良かった)
(そのまま拳を振り上げようとしたところで───ヒュン、と風の切る音が聞こえた)
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