名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(──会いたい)



(駆けて、駆けて、駆けて───ようやく目的地の公園へと辿り着く。とにかく急いでいたせいで、柄にもなく転んでしまった。もしこれが喧嘩ではなく転んでしまったせいだと言えば、あの人に笑われてしまうだろうか)


(万次郎は大きく息を吐き、公園の隅にあるベンチへと腰を下ろす。時計の短針はすでに12時を回っているが、人影は全く見当たらない。それでもいい。万次郎はいつまでも、それこそ何年でも待つつもりだった。彼女が自分のために何度もタイムリープを繰り返し、途方もない時を過ごしていたことに比べれば、取るに足らない労力だった)

(それでも逸る気持ちを押さえられずに、キョロキョロと辺りを見回してしまう。会えるものならば今すぐにでも会いたいのだから仕方がない。──早く、早く、早く!万次郎の心が叫ぶ。前と同じ通りなら、彼女との『始まり』は此処のはずだ)


(いくら駆けても弾まないはずの心臓が強く脈を打つ。思わず自分の胸元をギュッと押さえて空を見上げていたところで──ちらりと視界の端に映った髪に、万次郎は息を飲んで振り向く。そこには泣きそうな顔をして立っている、記憶のままの彼女がいた)




(───あぁ、やっと)




(僅かに口を開いて数秒。何かを言おうとしたその口は音を生まないまま静かに閉じ、彼女は自分の鞄から絆創膏を取り出して自分の前へと跪いた。さっき盛大に転んだせいで、全身は既に傷だらけだ。時折鼻をすすりながらも慣れた手つきで絆創膏を貼っていく女を、万次郎は黙って見下ろす)

(これが終わったら、なんと声をかけよう。いきなり名前を呼んで驚かせてやろうか。ぐるぐると思考を巡らせながら、その手が動くたびに揺れる髪を見つめる。ようやく全ての傷に貼り終えて恐る恐るこちらを見上げてくる彼女に、万次郎は柔らかく笑った)







(見開かれた瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく)

(──その時の彼女の表情を、万次郎はきっと生涯忘れないだろう)












○○さん、やっと来たの?
待ちくたびれたんだけど!


(佐野万次郎には、幼い頃から強く憧れている大人がいる。周りの人間からしてみれば、何故その対象が彼女なのか不思議に思うことだろう)

(彼女は強いわけでも、特別な部分があるわけでもない。どちらかと言えば、その『特別』と呼ばれているものは彼の方が数えきれないほど持ち合わせている。それでも佐野万次郎は彼女を尊敬し、その隣にふさわしいのは他の誰でもなく自分でありたいと思っている)


(──今度こそ手放さない。そう思いながら、万次郎は今日もあなたの隣で笑っている。あなたがもう二度と辛い思いをしないように、どんな時も側に居る。そう宣言した万次郎は、随分と大人びて見えた)




(…………)