名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(──それから、二人はたくさんの話をした。誰も悲しむことのないように、この先の未来をすべて改変させるために話し合った。一人では成せなくても、二人なら。そう言って力強く頷くタケミチに、万次郎も自らの拳を握り締める)

(この手に取り溢していったものをすべて掬い上げるのは、きっと途方もないほど険しい道だ。それでも万次郎に迷いはなかった。──これは自分たちに与えられた最後のチャンスだ。無事にリベンジを果たし、大切な家族も、かけがえのない仲間も、そのどちらをも救わなければならない)


(風に髪を靡かせながら目を閉じる。思い浮かんでくるのは『前の人生』で最期に見た彼らの姿だ。──あんな未来には、二度とさせない)




そういえば話は変わるんですけど、マイキー君に聞きたいことがあったんです。
『△△○○』という名前に聞き覚えはありませんか?





────○○、?


(急な問いに困惑する万次郎を見つめながらもタケミチは続ける。「ちょっと不思議な人で、話すと長くなるんですけど」──そう前置きをしてから話し始めたタケミチに、万次郎は口を噤んで静かに耳を傾けた)


(『△△○○』。その女を初めてタケミチが認識したのは、4回目のタイムリープの直前だったらしい。愛美愛主について調べていたナオトが、ふと彼女の存在に言及したのだ。タケミチが過去を改変するたびに、万次郎を中心にするようにして何度も立場が書き換わっている女がいると。ある時は幼少期の万次郎の友人、ある時は佐野家に家族として受け入れられていたのに、またある時にはまったくの他人としてコロコロとその生き方を変えている。それもタケミチが戻る『過去』よりも前に。それがどうしたと首を捻ったタケミチに、ナオトはこう言い直した。「△△○○は、キミのタイムリープの有無に関係なく自らの『過去』を改変させている。──彼女もタイムリーパーなのでは?」と)

(タケミチは何度か『△△○○』に接触しようと試みたようだが、もう少しでたどり着けそうになるたびに何かしらの出来事に妨害されて叶わなかったと溢す。「結局この目で見れたのも、天竺とぶつかったその時だけで……昏睡状態に陥った△△さんの『過去』は、それ以上改変されなかった。それが何よりの証拠だと思うんです」──同じ立場なら協力できたかもしれないのに。そう言ってタケミチは頬を掻いた)




(『△△○○』。その名前を頭の中で反芻しながら、何故か万次郎は自分がよく見ていた夢を思い出していた)


(ただの夢。……何もかもを無くして、真っ暗な世界に落とされた自分が、唯一安心できた居場所だった。夢の中なら誰にも邪魔されない。大切な物を奪われたりしない。自分の弱さを曝け出せる、最後の拠り所。『──万次郎』。そんな中、自分の名前を呼んでくれた優しい声が蘇る)




(まるで濁流のように、記憶が溢れ出す。知らないはずの光景が脳裏に浮かび、消えていく)








………知ってる。
その人、オレを慰めてくれたんだ。


(不思議そうにこちらを向いたタケミチに構わず、万次郎は続ける)


会いに行ったら笑ってくれて、どんなくだらねー話にも乗ってくれて。
……ちょっと悪い事したって言ったら、兄貴みたいに叱ってくれて。無遠慮に撫でてくるその手が、すげぇ好きで。



(───秒針が鳴り響く真っ白な廊下で、悲しみに押し潰されそうになったとき、ただ隣に座って側に居てくれた彼女は、あっという間に万次郎の『特別』になった。けれども道を踏み外した自分は、彼女を不幸にすることしかできない。だから自ら別れを告げて、一度は彼女の人生から消えた。これから迎えるであろう最期を前に、彼女は静かに笑って、真っ直ぐに自分の目を見つめていた)


東卍を作った理由も、なんでかあの人には素直に話せた。
……友達を助けるために作ったんだねって、笑って褒めてくれた。
オレはそれが誇らしくて──嬉しかった。


(───血の繋がりのない『兄』に殺されてしまった彼女は、次に会った時にはもうただの抜け殻になっていた。グチャグチャになった顔を隠すように布をかぶせられたまま棺の中で眠るソレは氷のように冷たく、もはやヒトではなかった。死んでしまった人間はもう元には戻らない。心にぽっかりと穴が空いたような気がしたが、何故か涙は出なかった)


あの日の夜、イザナの隣に立つアイツを見た。
撃たれて血を流しながら、それでもあの人は笑ってた。

……そうだ。確かに言ったんだ。
聞こえなかったけど───「万次郎」って、呼んでくれたんだ。


(一度だけ、彼女の入院している部屋を外から覗いたことがある。『初めて』出会った時と同じで、かつて自分の親友が死んでしまった、因縁のある病院だった。……窓越しに見た彼女はただ静かに眠っていて、ベッドを囲んでいた子供たちが不思議そうに眺めていた)


(痩せこけた白髪の男が、瘦せ細った彼女の額に銃口を当てて引き金を引く。その腕に通された真っ白なヘアゴムが、流れてきた真っ赤な血で染まっていく。───バラバラだったはずの断片が、忘れていたはずの記憶が、万次郎の視界を埋め尽くす)



(──笑った顔が好きだった。自分の名前を呼ぶその声が好きだった)

(何度も。今思えば数えきれないほどの『初めまして』を繰り返し、その笑顔に僅かな悲しみを混ぜ込んで。それでも彼女は約束を守ってくれようとした。『もしも生まれ変わったら、太陽の下で、ずっと一緒にいたい』──その言葉を、覚えてくれていた)





オレを──初めての友達って、そう呼んでくれたんだ。



(真っ黒い塗りつぶされていた彼女の顔が───色鮮やかになっていく)







…………行かなきゃ。


(衝動的に立ち上がり、タケミチへと振り返る。驚いたまま首を傾げている彼の肩に手を置き、万次郎は晴れやかに笑った)




ゴメン、急用できたワ。

明日!オレんちで会おうぜ、タケミっち!!


(困惑したままのタケミチを置き去りにし、万次郎は走り出す。向かう先は決まっていた)