(「ねぇ、ちょっと散歩しようよ」──突然部屋に訪れてきた万次郎に手を取られ、あなたは彼と二人、深夜に川沿いを歩いていた)
(電灯にライトアップされた桜の美しさに息を飲み、思わずキョロキョロと周りを見る。こんなにも幻想的な光景なのに、時間のせいか他には人っ子一人いない。まるで貸し切り状態だ)
……アンタ、桜好きなんだ。
まさかそんなに喜ぶとは思わなかったな。
(独り言のように呟いた万次郎が、ふとその場に立ち止まる。……じっと見つめられている)
○○さんは知ってた?
昔はさ。桜って、あんまり好意的に受け入れられなかったんだって。
(──瞬間、突風が吹く。万次郎は目を細めて、あいていた右手で宙を舞う花びらを握り込んだ)
こうやって……風に吹かれて花びらが散るだろ。……それが"命の終わり"みたいで、死を想像させるから。
他にも散った花びらの色がすぐ変わるから"心変わり"だとか、不吉なモンとして扱われてたらしいよ。
こんなにキレーなのにさ。
じーちゃんが教えてくれたんだ。
その話を聞いて……人の考え方ひとつで受け入れられなくなるモンって、きっとたくさんあるんだろうなって思った。
だから。……もしオレと○○さんの出会い方が違ってたら、オレとアンタは、こうやって話したりすることもなくて。不良と一般人なんて、本当はそれがフツーで。お互い別々の人生を歩んでた未来もあったのかなって想像して、怖くなった。
自分の命よりも大事なモンを見つけられずに、ただ生きてたのかなってさ。
(…………。硬直するあなたを真っ直ぐに見つめ、目の前にいる少年はゆっくりと指を解いていく)
(その中には、クシャクシャになった薄ピンクの花びらがあった。彼は静かに息を吹きかけて花びらを再び舞い上がらせ、地面に向かってひらひらと落ちていくのを見届ける)
オレは。……桜みたいに、散ったりしないから。
春が終わって夏が来ても。秋が来て、冬になっても。
変わらずにずっと、アンタの側に居るって約束する。
アンタが受け入れてくれなくても。……もしもこの先、オレのことを嫌いになっても。
今まで守ってくれたように──今度はオレが、アンタの盾になる。何があっても、オレがアンタを守るよ。
今日はそれだけを言いに来た。
……ゴメン、遅くなったな。
家まで送るよ。行こ、○○さん。
(ぐい、と右手を強く引かれて、先を歩く万次郎を追いかける。あんなにも小さかった背中は、随分と大きく成長した)
(それでも彼は、まだ子供だ。……ほんの15歳の、タオルケットと自分の「おやすみ」が無いとぐっすり眠れない、ちょっぴり寂しがり屋の男の子。あなたは万次郎の横へと追いつき、その体を抱きしめた)
(──最初は、灰色の空だった。大きく崩れた廃墟の天井から見える景色は、『彼』の心そのものだった)
(額に銃口を当てて涙を流していた『彼』は、自分に助けて欲しいと願った。思えば自分の人生は、そこが始まりだった。そうしていくつもの時間を飛び越えて───あなたは今、万次郎の前に立っている)
(いつか彼が大人になったとき。青い空、太陽の下で、万次郎が大切なものに囲まれて、心から笑っているのを見届けるまで。……戸惑うように揺れる黒曜石のようなこの瞳が、幸せに満たされてキラキラと星のように輝く日まで。この腕の中にいる少年を守らなければならない。『彼』の涙が自分の頬に落ちてきた瞬間に、本能がそう思ってしまった。それは一種の"衝動"だったのかもしれない)
(あなたは万次郎の顎を持ち上げ、その唇にキスを落とす。見開かれていた目が、何度も唇を合わせるたびに、とろりと蜂蜜のように蕩けていく。口に出されなくても伝わってくる激情に、やっぱりか、と笑ってしまった)
(自分はきっと、万次郎と幸せになるためにこの世界にやってきたのだ)
(───冬が終わり、春が来る)
(風に吹かれて、たくさんの花びらが舞い落ちる。桜吹雪の向こう側で、なんとなく『彼』が微笑んだ気がした)