ん?
……そこに居んの○○か?
どうしたんだよ、こんな時間に。
(──深夜。なんだか妙な胸騒ぎを感じたあなたは、着の身着のまま家を飛び出し、真一郎のバイク屋を訪れた)
(店から数十メートル手前を歩いていた真一郎は、さっきまで店を離れて何処かへ出かけていたらしい。不思議そうに首を傾げている彼の隣に並び、バイク屋までの道のりを歩く。……深夜のせいか人影は見当たらず、不気味なまでに静かだ。思わず真一郎の左手をギュッと握りしめたところで、隣から聞こえてきた訝し気な声に俯いていた顔を上げれば、裏口の簡素なドアのガラス部分にガムテープが貼り付けられ、中心を穿つように丸い穴が開いていた)
ンだコレ。……ドロボーか?
(どうやらそこから手を突っ込み、内鍵を回して侵入した輩がいるらしい。……耳を済ませれば、中からはボソボソと話声が聞こえてくる。危険だからやめようと引っ張ったが、真一郎は無言でドアノブを握り締め、ガチャリと回した)
(何故そんな無茶をするのか。……その理由に、思い当たることが一つだけあった。万次郎の誕生日だ)
(数か月もかけて用意した『プレゼント』が無事なのか心配だったのだろう。躊躇なく足を踏み入れる真一郎を慌てて追いかけ、薄暗い店内に必死で目を凝らす。少しずつ慣れてきた視界がぼんやりと捉えたのは、真っ黒な服を被った背丈の小さい男の後姿だ)
(その背中に妙な既視感を抱く。……ほんの少し前に、どこかで見た気がする)

(とにかく電気をつけなければと壁に手を伸ばそうとして──真一郎めがけて振り上げられた凶器を見るや否や、咄嗟に体が動いていた)
(──ぐらり、と強い眩暈に嘔吐しながら目を開ける。どうやら頭を強く殴られて、一瞬意識を飛ばしていたらしい。何やら頭上からは、怒鳴り合う声が響いてくる。……仲間割れでもしているのだろうか?)
(それにしても、痛みが酷い。かろうじて息は出来るものの、指先が小さく痙攣している。加えて出血も酷いようで、少し身じろぎするだけで、ぬるりとした生暖かい感触がした)
(……たぶん、自分はこのまま死ぬのだろう。ゆっくりと鈍くなっていく鼓動の音に、命の終わりを自覚した。視界がぼやけて焦点が定まらないが、せめて犯人の顔ぐらい、冥途の土産に拝んでやりたい。割れた頭から垂れてくる血が入ってくるのも構わずに、大きく目を見開き、視線を動かし──)

………○○……。
(──すぐ隣で倒れ伏す真一郎を見て、なぜか、『失敗した』と思った)
(走馬灯。幼い頃、顔をグチャグチャにして泣いていた万次郎を思い出し、ふ、と短い息を吐く)
(……血が抜けているせいだろうか、なんだか寒くてたまらない。激痛が走るのも構わずに必死で腕を伸ばし、真一郎の手を握った。……いつも力強く自分を引っ張ってくれるはずの大きな手は、もう握り返してはくれなかった)
(とくん、とくん。……胸を打つ音が、少しずつ小さくなっていく。……聞こえないはずの、声が聞こえる。あの日泣いていた幼馴染を抱きしめた時、悲しそうに、苦しそうに──それでもくしゃっと顔を歪に歪ませて、笑ってくれた万次郎が瞼の裏に浮かんで消える)
(幼い頃から一緒だった。だからこれからも共に生きていくことを、当たり前だと思っていた)
(たぶん世界で一番、万次郎の笑った顔が好きだった)
(もし、人生でたった一度だけ、どんな願いでも叶うとしたら。──こんな死にかけの状態で思い描いた絵空事に、自然と唇が弧を描く。それでも愛する兄を失い、これからも生きていかなければならない万次郎の背中を思うと、願わずにはいられないのだ)
(自分に差し出せるものなら、なんだって差し出そう。それが金でも、名声でも、命でも。もし来世というものがあるのなら、その分もひっくるめて献上したっていい。それでも足りないと言うのなら、自分という存在ごと消滅したって構わない)
(まるで半身のように育ってきた片割れが、ワガママで泣き虫な甘えん坊が、ほんの少しでも幸せになれるなら)
(だから神様。どうか───)
(────掠れた声と共に、ブツッと命が潰える音がして)
(そして何も、見えなくなった)