名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ



(──ある日の朝、交通事故に遭った。短い春休みが明けて、中学校生活最後の、始業式の日だった)


(桜吹雪の中、跳ね飛ばされた体が地面へと落ちる。スカートから覗く足は妙な方向に折れ曲がっていた。……痛い。このまま死んでしまうのだろうか?)

(バイクのエンジンをふかす音と共に、視界の端で柔らかなピンクゴールドの髪が揺れる。そのまま無造作にバイクを停め、少年がこちらへと近づいて来る。ヘルメットの中から現れた淡い金髪に、何故かひどく、懐かしさを感じた)


(逆光で顔はよく見えない。……ぽたり、と天から雫が降ってきて、乾いていた頬が濡れる。彼は泣いているらしかった)






置いていくなんて、ヒデーじゃん。


(ぽたぽた、ぽたぽた。とめどなく落ちてくる涙の雫に、苦笑してしまう。見知らぬ少年に轢かれて、泣かれた。それなのに、不思議と心は凪いでいる。──泣かないでほしい。何故かそんなことを思いながら、比較的無事だった右手を伸ばし、彼の指先を力なく掴んだ)


(──そこで初めて、彼の顔を見た。大きく見開かれた真っ黒な瞳の奥で、小さな星がキラキラと瞬く。まるで黒曜石のような、美しい目だった)

(きゅ、と弱々しく握り返してくる彼の名前を、ずっと昔から、知っていた気がする)


お願いだから、帰ってきてよ。

オレの───





(───意識が途絶える)

(そのあいだ、ずっと同じ夢を見ていた。けれども次に目が覚めた時には、何も覚えていなかった)


(大切なものを、二度失った気がした)