名前:佐野万次郎

マイキーの頭を181回なでなでした

もふもふ

(──白い花)


(棺の中に敷き詰められた花の中心で、彼はひとり、ただ静かに眠っていた。あんなにも綺麗だったピンクゴールドの髪はまるで枯れるように萎れて、骨と皮だけになった身体を、見つめることしかできなかった)

(──たった4年。それだけの月日が経ち、眩しかったはずの太陽のような笑顔ですら、今はもう思い出せない)

(あの日から万次郎は、自らの力で呼吸をしなくなった。生物的な死を、機械を繋ぐことで生き永らえていた。それでも彼の兄である真一郎は、ありとあらゆる手を尽くして万次郎を救おうとしていた)


(現世から解放された小さな体に、真一郎が縋り付く。それを見守る何人もの視線は、そのほとんどが『諦め』で満ちていた。分かりきっていた結末を、ようやく迎えることになっただけ。万次郎は既に『死んでいた』のだ。真一郎以外の人間は、それをずっと昔から受け止めていた。……自分も決して、例外ではなかった。それでも真一郎を止めなかったのは、心の中でほんの僅かに、奇跡というものを信じていたからなのかもしれない)


(これから彼は焼かれて灰になる。万次郎の『二度目の死』を前にして、泣いているのは真一郎だけだった)

(それ以外、誰も口を開くことはなかった。ただとてつもなく大きな悲しみだけが、そこには渦巻いていた)








あーあ。
……オレに出来ることは、なんでもやったんだけどなァ。


(朱い夕暮れの空の下で、隣にいた真一郎が呟く。万次郎によく似た目の下には、くっきりと隈が浮かんでいる。あんなにも泣きはらしていたのが嘘のように、彼は無表情だった)


"なんちゃら療法"は全部やった。
ヤベェ宗教にも手を出した。
騙しやがった奴ら全員殺すか。


(その言葉に熱は無い。どうでも良さそうな口調に、その傷だらけの左手を握り締める)


……○○、ありがとうな。
最後までアイツの側に居てくれて。


(側に居ただけだ。……本当は諦めていた。ゆっくりと首を横に振れば、真一郎が眉を下げて笑う)


いいんだ。……それだけで十分だった。
アイツもきっと、喜んでたよ。


(握り返された力があまりにも弱弱しくて、少しだけ、泣きそうになった)












○○。




(──夢を見るのは、これで何度目だろう。『死んだ』はずの万次郎が、ただ自分の名前を呼ぶだけの夢)

(譫言のように背中へと投げつけられる音に、振り返って彼と向き合う。焦点の合わない黒い瞳が、ぼんやりと自分を見つめている)


○○。


(何か伝えたい事でもあるのだろうか。その痩せこけた体に近付き、膝をつく。──動かないはずの目が、ぎょろりと回ってこちらを見た)


───寂しい。


(今にも折れそうな5本の指が、自分の腕へと巻き付いてくる。リハビリ要らずだなァ、なんて、しょうもない感想が浮かんで笑ってしまう。「そうか、寂しいのかァ」繰り返すように復唱すれば、頼りない首に乗せられた頭ががくんと揺れた)


(「一緒に来て欲しい?」──零れ出た言葉に、返事は無かった。さっきまで動いていたはずの黒い瞳の奥に、もう星は見えない。それでも──)






(高いビルの上。ゆっくりと閉じていた瞼を押し上げ、雨に打たれながら足を一歩踏み出す)

(不思議と怖くは無かった。これでようやく、あの頃の万次郎に会えるのだから)





(───だからもう、泣くなよ。万次郎)







(風を切って落ちていく間に、誰かの叫び声がする。あぁ、申し訳ないなァ、なんて、そんなことを思って、意識が飛んで)


(肉の潰れた音は、聞こえなかった)