(──それから。なんだかんだで万次郎に引き留められ、あなたが此処に来て、既にひと月が経過した)
(あの村人に追い回された出来事が嘘のように、あなたは万次郎と二人、森の側で穏やかに暮らしていた)
(そんなある日。いつものようにのんびり過ごしていたところで、隣に座っていた万次郎に、ぐいと強く袖を引かれた。普段言いたい事がある時はすぐに声に出して要望を伝えてくるので珍しいと思いつつ、首を傾げて視線を合わせる。その大きな黒い瞳がじぃっとこちらを見つめてきたかと思えば、意を決したかのようにその口が小さく開かれた)
あのさ。……前に言ってた、オレを連れて帰りてぇってヤツ。
アレってまだ有効?
オレ、オマエと別れたくない。
だから神様辞めることにした。
(驚いて口をあんぐり開けるあなたを見つめながら万次郎は続ける)
昨日の夜、オマエが寝てる間に村長と話をつけてきた。
まだオレのことが見える奴が居るとは思わなかったけど……、ちゃんと言ってきたから。
○○の家、住んでいい?
(強請るように潤む瞳を見返しながら、あなたはふと、ひとつの疑問を感じた。──ざっと百年以上、万次郎はあの村を守り続けていた。それなのにたった一晩で、守護を取り止めることなど出来るのだろうか? ……それを村の人間が許すだろうか?)
……オマエを初めて見た時から、心の奥がざわついてた。
今まで出会ったこともねぇのに、本能がオマエを求めた気がした。
オレは妖怪でオマエは人間だけど。……いつか別れる日が来るかもしんねぇけど。
それでもオレは、○○と一緒に居たいって思ってる。
オレのこと、貰ってよ。○○。
(しかしその疑問以上に──万次郎からの提案が嬉しかった。)
(あなたはすぐに大きく頷き、俯きがちにこちらを見つめてくる万次郎を抱きしめる。大きく膨らんだ尻尾が、ゆらゆらと左右に揺れている。『ずっと一緒にいよう』──心からの返事に、その両手が自分の背中へと回された)
(ギュッと抱き締められて、胸がぽかぽかあたたかくなった。……この気持ちを、人は幸せと呼ぶのかもしれない)

○○、おはよ。
仕事行くんだろ。このままだと遅刻するけどいーの?
(──見慣れた部屋で目を覚ます。どうやら寝過ごしてしまったようだ!)
(時計を見て絶叫し、慌てて着替え始めたあなたを見て、同居人がクスクス笑う。「おにぎり作っといたけど食べる?」──ワイシャツに腕を通しながら、差し出されたおにぎりに食らいついた。まるで飲み込むように完食しバタバタと走り回るあなたを尻目に、万次郎はまだ温かいベッドへと腰かけ、楽しげにあなたを見つめている)
(準備を終えて家を出ようとして──あなたは急いで部屋に戻り、脚をぶらぶら遊ばせている万次郎の顎を掬い上げた)
ン。
……忘れモンねーな。いってらっしゃい。
早く帰ってきてネ♡
(……平和な一日が、今日も始まる)
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