『丹ー、蒼ー』
おかあさんは、わたしたちを呼ぶ時、近くにいる方から呼ぶ。
丹と二人でいっしょにいる時は、おねえさんである丹から呼ばれることが多い。
『蒼ー、丹ー』
おとうさんがわたしたちを呼ぶ時は、決まってわたしから呼ぶ。
おとうさんは、わたしのことがだいすきだ。わたしもおとうさんのことだいすき。
でも、丹のこともだいすき。おかあさんのこともだいすき。
おとうさんは、わたしにだけやさしい。……ううん。別に丹にやさしくないわけじゃない。丹より、わたしに対しての方がやさしい。
おかあさんからは感じないけれど、おとうさんからは、わたしと丹の差を感じる。
◆
節分が終わると、おかあさんといっしょにおひなさまを飾った。
『おひなさまってきれい』
『そうだね』
『おだいりさまもすてき。いつもいっしょなんだね』
丹は、おひなさまが好きらしい。家にいる時はよくながめていた。
『ねえねえ、おひなさまごっこしよ! わたしおひなさま!』
『じゃあわたしは……』
『あおもおひなさま!』
おひなさまは二人いていいのか、わたしにはよくわからなかった。
でも丹がたのしいなら、わたしはそれでいい。
『このこがおだいりさまね。わたしとあおのだいじなひと』
『おだいりさまはひとりなの?』
『だって、さんにんかんじょとごにんばやしもひつようだもん。そんなにおにんぎょうない……』
『そっか。じゃあ、わたしとあかのだんなさまなんだね』
『うん!』
丹がいちばん大事にしている男の子のお人形が、おだいりさま役だった。
◆
3月3日、ひなまつり。
丹といっしょに、おひなさまの前で歌を歌った。
ほぼ毎日していたおひなさまごっこ。
おひなさまの着物が着たいと言った丹。ほんものの着物は用意できないけど、ダンボールや折り紙でドレスを作った。
『ただいま。おっ、かわいいおひなさまが二人いるな』
おとうさんが帰ってきた。おとうさんは、わたしの頭をなでる。
そして、丹の方を見て『かわいい』と言って、部屋を出ていった。
丹は、すこしさびしそうな顔だった。おだいりさま役のお人形を、ぎゅっと抱きしめている。
わたしは………………、ドレスを脱いだ。
『ねぇ、やっぱりおひなさまがふたりはヘンだよ。わた……オレがおだいりさまになるよ』
『え?』
『あかはオレのかわいいおひなさまだ』
おひなさまは、二人もいらない。
だからオレは、男に、おだいりさまになろう。丹を本当に笑顔にできるように。
SS:おひなさまは二人もいらない