
「だからね……、花織の気持ちは、痛いくらいわかってるつもり」

「……てか、正直、実際に痛いんだわ。花織が泣いてると、自分が泣いてるみたいに思えてさ」
(いつの間にか、花織は泣き止み、顔を上げていた。涙の痕を、はなびが指先でそっとなでる)
(……はなびの両親がデモンズに殺されていることは知っている。しかし、その時の状況までは知らない。……そんな過去があったのか)

「変な話をして悪かったね。サポーターも、聞いてて気持ちのいい話じゃなかったろ」
(首を横に振る)
(こういう言い方はなんだが、はなびを知れてよかったと思う)

「…………はなびちゃんは、戦おうと思ったんだね……」
(花織がようやく口を開いた。はなびが頷く)

「私は、必ず両親の仇を討つ。そう決めた」

「当時はMagna Spicaの存在も伏せられていたからね。デモンズの研究者にでもなればいいのかとか、色々考えたよ」

「まぁ、親父と同じく警察目指そうと思ってた。死んだとはいえコネ的なもんが丸きりないわけじゃないだろうし、デモンズの事件も警察なら色々まとめてあるんじゃないかと思って」

「でも……、私、頭がそこまでいいわけじゃないからね。特に両親も死んじゃったから、塾とか行く余裕もないし。意味あるかはわかんなかったけど自主的に図書館に通って勉強してた」

「そんな中、“MS少女”という存在を知った。聞けば、デモンズを倒せる唯一の存在というじゃないか。幸運にも私は女だし、絶対なりたいと思った」

「ただ……、前は、“運動神経の良い少女”じゃないと、検査すらさせてもらえなかったんだよね……。私、運動オンチってわけじゃないんだけど、運動は苦手で……。とても成績いい方じゃなくて」

「自主トレして、ようやく運動神経が良いと見なされて検査にこぎつけたんだが……、当時は適性なしでね……。あん時ゃかなり落ち込んだわ……」

「まぁ、MS少女にはなれなくても、MSに関わる仕事ならいいかなって、そう思ってたんだよね」

「……そしたら、今回、NMSに適性が……?」

「そ。半ば諦めてたんだけど。……ラッキーだったよ」

「できることなら、デモンズが両親を殺したように……、私だって直接デモンズを殺してやりたいからな」

「…………」

「お、おいおい……。なんでまた泣くんだ」

「“殺す”とか、言葉が悪かったか……?」
(花織が再び泣き出し、はなびはおろおろする。花織は、首を左右に振った)

「なんかもう……、はなびちゃんの話聞いたら、自分が情けなくて……」

「ウチは、そういうの、なかったの……。デモンズの被害を受けたことはなかった……。ウチだけじゃなくて、家族全員ね……」

「近所に住んでたいろはのとこも、そういう話は聞いたことない……。ウチの周囲は、平和なままだったの……。デモンズのことは、『怖いね』って……、他人事だったの……」

「MS少女とも無縁だと思ってた……。ウチも別に運動がすごく苦手ってわけじゃないけど、好きではない方だし……。適性なんてあるわけないって……」

「でも、今回、MS検査が義務付けられて……。普通の適性じゃなく、特別な適性があるって言われて……」

「“トクベツ”って言葉に、舞い上がって……。それで、ここに来たの…………」

「もうほんと……、情けない……。もっと慎重になればよかった……。そしたら、いろはも……、………………」
(メアリーは、いろはを殺したのは自分だと思い詰めていた。同じように、花織もひどく後悔をしていた)
(確かに、花織がここに来なければ、いろはは死ななかったかもしれない。しかし、そんなたられば話をしたところで、起きてしまった事実は変わらない)
(何と声をかければいいのか……)

「……私だって、あん時親父を追いかけなきゃ、親父もお袋も生きてたかもしれない。……少なくとも、私のせいで死ぬことはなかっただろう」

「でも……、両親は、自分の命と引き換えに、私を守ってくれたんだ。……それだけ受け止めて、私は生きる」

「…………どっかでね、両親を殺したのはデモンズじゃない、私が殺したんだって、そう思う時もやっぱあるよ」

「だけど、過去を悔やんだって……、やっぱさ、“しょうがない”んだ」

「私は……、自分の命よりも私の命の方が大事だって……、そう、両親が体を張って言ってくれたと、思う。だから、それを信じるためにも、精一杯生きようと思う」

「生きて、生きて……。デモンズを滅ぼし、6年前と同じ世界に戻すんだ……」

「……それができたら……、きっと、褒めてくれるよね……」

「…………」

「あのね……。はなびちゃんのご両親を軽んじるわけではないんだけど……。はなびちゃんは、ご両親にとって大切な娘さんでしょ……? 守るのは、当然だと思うの……」

「でも、いろはは……、家族とは違うの……。ずっと年上ってわけじゃもちろんないし……、前途ある若者で……」

「…………」

「私もサポーターもいろはじゃないし、いろはの気持ちはわかんないよ」

「でも、いろはがそこまで花織を大切に想ってくれてたってこと……。それは、ちゃんと受け止めた方がいいんじゃないの……?」

「そもそも、守んなくてよかったのよ……。一緒に逃げればよかったのに……。逃げようって、何度も言ったのに……」

「どうして一人でいっちゃうのよぉ……」

「…………」

「……花織は、どうしていろはと一緒に戦わなかったの?」

「だって……、怖くて、動けなくなっちゃうんだもん…………」

「どうして、動けないくらいに怖くなっちゃうの?」

「え……? だって、デモンズ……、すっごくおっきくって……、強そうで…………」

「花織は、まだ一度も戦ったことないんだろ? それは単なる想像に過ぎない」

「臆病者は、総じて想像力が豊かだ。……それが悪いとは言わないよ。私だって、勇敢か臆病かって言えば後者だろうしね」

「『あ、詰んだな』って思った時は、潔く勝負を降りる。それが大敗しない秘訣だ」

「はなびちゃんは、強いよ……。すごく、すごく……、強いよ…………」

「じゃあ、どうして臆病者の私は、強いと思う?」

「え? だって……、ご両親の死を乗り越えて、自分がデモンズをやっつけるって……、それで、たくさん色んなこと考えて、実行して……」

「花織にはそれがないから弱いんだ」

「え……?」

「私は、確固たる目的があるからこそ、強くなれる。動ける」

「花織にはそれがない。……ふわふわしてる。だから、弱い。動けない」

「“トクベツ”って言葉がいいなら、それでもいいと私は思うよ。特別な人間だから強くなる。うん、別に私みたいに、親の仇を討つとか、そういうもっともらしい理由がなくても全然構わない。少なくとも私は、軽蔑したりしない。……でもさ、花織はどこかで、『自分はトクベツなんかじゃない』って、真逆のこと思ってるだろ」

「っ……」

「だから、弱いんだ。……戦えないくらい、弱いんだ」
(花織はまた泣きそうだ。……少しはっきり言いすぎじゃないだろうか?)
(止めた方がいいのだろうか。……しかし、止めるのも無粋な気がする)
(その時、扉がノックされた。はなびが立ち上がり、扉を開ける)
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