「では、はなびと花織はここに座って」

「自己紹介は、準備しながら行うことにしよう。元部先生も手伝って」

「わかっているとも。これだね」

「違う! なんで元部先生はいつもいつも、ゾンビのぼくより物覚えが悪いんだ!」

「…………は?」

「えと…………、今、ゾンビ、って……」

「……ぼくは、生きているといえば生きているが、死んでいるといえば死んでいる。……この体は死体に過ぎないからな。だからゾンビだ」

「ぼく……東山陽彩(ひがしやまあきさ)は数年前、デモンズによって命を落としている。……ぼくは、そこの天才お嬢様の親戚でな。彼女によってよみがえったわけだ」

「……言っておきますけれど、誰でもよみがえらせられるわけではないんですのよ」

「陽彩の場合、脳への損傷がほとんどなかった。体だって、背中に負った大きな傷からの失血死で……。……デモンズの攻撃を受けたにしては、比較的綺麗な死に方をしたんですの。……いろはや、はなびのご両親では、できませんわ」

「っ…………」

「………………」

「あと……、陽彩を殺したデモンズは、不思議な植物のようなものを持っていた。……それは、人に寄生し、体を乗っ取る性質があるみたい。……陽彩が今ここにこうしているのは、そのおかげでもありますわ」

「それは、植物に見えるが、実際にはカビのようなものでな。ぼくらは黴体生物(ばいたいせいぶつ)と呼んでいる。この体は死体だが、それでも動くのは黴体生物のおかげだ」

「死体といっても、もうほぼ人工皮膚で……、内臓は空っぽだ。ぼく自身にはエネルギーは必要ない。黴体生物のエサとなる人工皮膚を絶やさなければ」

「脳だけで生きることは不可能。脳は大事な器官だが、体があってこそ成立する器官だ。……しかし、ぼくは黴体生物によって、体がなくても脳を生かすことを実現している。……普通ではありえないことだが、な」

「デモンズという摩訶不思議な存在が現れた以上、今まで考えられていた常識を更新せざるを得ないな……」

「まあ。そんなわけで、ぼくは普通の人間とは違う存在になってしまった。体は黴体生物に浸食されすぐ腐っていくから、人工皮膚が常備してある医療棟から離れることはできない。よって、ここでナースをしているというわけだ」

「この年中ハロウィンやってるような格好は、腐っても目立たないようにするためだよ……」

「……さて。脳波を測っていくか」
(陽彩によりてきぱきと準備が進められ、はなびと花織の頭にはいくつもの機具が取り付けられていた)

「ぼくの話を聞いて混乱したかもしれないな」

「とはいえ、隠すのも変ですし……」

「そうだな。ここにいる以上、ぼくの存在は知っておいてもらうべきだろうし」

「……まあ、なんだ。生かされた命。大切にしたいと思っている」

「無論、きみたち、本当に生きている人間のことはぼくの命以上に、だ。こんなナリだが、ぼくはきみらよりお姉さんなんだ。血縁関係はなくとも、本物のお姉さんと思って、何か不安なこと、心配なことがあれば頼ってくれ。話を聞いて解決方法を探すくらいはできる」

「おね……」

「気軽に“陽彩お姉さん”と呼んでくれていいぞ」

「誰もそんな風に呼んでいないじゃない。“陽彩”か“陽彩ちゃん”の2パターンばかりですわ」

「あ、ぼくは“陽彩くん”と呼んでいますよ」

「わ、私も“陽彩さん”とお呼びしていますが……」

「まぁ……、仕方ありませんわね。ちびっこの状態で死んでしまったのですし」

「ち、ちびっこでも! 頭脳は……少なくとも死んだ当時でも元部先生には全く負けないつもりだぞ! 論文だっていくつも書いていたくらいだからな!」

「論より証拠という言葉があるでしょう! ぼくの研究は論文で収まるものではない」

「論文に収まらない研究なんて単なるバカの空想ですわよ……」

「……いろはとも、話したことあるの?」

「ん? ああ、何度か会ったし、話したよ」

「底抜けに明るい子だな……。まぁ、そこがうらやましいというかなんというか、少々見習うべきなのかもしれないが……」

「いろはには、何て呼ばれてたの?」

「『陽彩ちゃーん! 今日もちっちゃくってかーわいいー♡』」

「『わぁ、いきなり抱きつくなぁー! 体が歪んだらどうするんだ!』」

「……みたいなやりとりしてましたわねぇ」

「あ、あはは……。いろはらしい……」

「じゃあ“陽彩ちゃん”って呼ぼう」

「んなぁっ、きみはいろはと同い年なのだろう!? ならぼくより年下だ! 陽彩お姉さんと!」

「……確かに陽彩はワタクシより一つ下ですけど、死んだ年で年齢がストップしたと考えるなら、はなびの方が年上ね」

「そ、それはおかしい、生まれ年で考えるべきだ! ぼくははなびや花織より年上だ!」

「はいはい、陽彩ちゃんお姉ちゃん」

「うぅぅぅぅ~、エリザが余計なことを言うせいでまた“陽彩お姉さん”という呼ばれ方が遠のいてしまったじゃないか……!!」

「……ワタクシがいなくても、多分遠のいたままだと思いますわ」
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