「ゔっ、お…、ッエ゛」

(深夜、竜胆は何かの物音で目を覚ました。
ぴちゃぴちゃという水音と…男の呻き声。
聞き覚えがあった『それ』に竜胆は眉を顰めた。

またか、と思って音の発生源へ向かう。探さなくても既に分かっている。
トイレ。の中に、便器に顔を突っ込んだ兄。いつもの光景だ。

竜胆は無言で蘭の背中をさすった)

(きっと、今日も兄は人を殺してきたのだ。まだ人に成る前のヒトを。

だから、こんな状態でいる)

(胃の中のものなんてほとんど無く、胃液のみを吐き出した蘭が荒い息を整え始めた頃、竜胆はキッチンに向かい、冷蔵庫の中のミネラルウォーターを取り出した。
トイレに戻り、冷たいペットボトルを差し出すと蘭のほうも無言でそれを受け取った。
少し震える手でキャップを開け、口の端から零れるのも構わず呷るように飲む。

半分以上を飲み終えた蘭がキャップを閉め、水を竜胆に渡すと壁に手をついて立ち上がった。
顔色が、悪い)






……寝る

(そう、ひと言だけ呟いてフラフラとした足取りで自室に入っていった。
少ししてから蘭の部屋をこっそり覗くと、頭まで毛布を被って眠っていた。

竜胆はドアを閉め、ため息をつく)

(…吐くほど辛いなら、やめればいいのに)

(そう思ってはいるけど、一度だって口に出したことはない。
それを本人に言ってしまったら、きっと更に深く傷ついてしまうと分かっていたから。

だから、言わない。これまでもこれからも…ずっと)
???