どーも。お元気そうで何より
(紫色の瞳とバチッと目が合った瞬間、数日前の出来事を思い出した)
(そうだ。この男は確かこの間飲み会に乱入してきた、○○ちゃんの…)
○○の友達、リンドウ
思い出したー?
(私の考えていることが分かるのか、はっきり思い出す前に彼のほうから先に名乗ってきた。
「…こんばんは。この間はどうも」と素っ気なく返すとニッコリと笑ってみせた)
(○○ちゃんに会いに来たの?彼女なら私より先に上がったから、もう会社にはいないよ)
んーん。今日はアイツに会いに来たんじゃなくて……あ、いや勿論○○の顔も見たかったけどね
つか、さっき会ったからダイジョブ。ちょっと用があるからまた後でっつってほっぺに軽くキスだけしてバイバイしたよ
(私は引き攣った笑みで「そう、なんだ」と返す。
ほっぺにキスって…やっぱり絶対ただの友達じゃない。少なくとも彼のほうは彼女をそういう風には見ていないはず。
だって、目が…)
オレね、待ってたんだぜ
○○と別れてから、会社の前でずーっと待ってて…そんでやっと出てきたから跡をつけてさ、人通りの少ない場所に来るまで声かけるのガマンしてたの
偉いっしょ?
(こっちを見てニコニコと笑う男。
……ちょっと待って。跡をつけて声をかけたって、まさか)
(嫌な汗が出て、一歩退く。
そんな私を見ても目の前の彼は笑顔を崩さない。そんな姿が不気味で、頭の中でサイレンが鳴り響く。
『この男は、まずい。逃げろ』
ぐっ、とバッグの持ち手を握り締め、走り出そうと前を向いた瞬間、)
逃げたら殺すぞ
(……ゾッとするほど冷たい声だった。
「騒ぐのもダメな?オレ人の骨折れる音好きなんだよね。でかい声出されるとアンタのも聴いてみたくなっちゃうかも」と追加で言われたのがトドメになった。
さっきまでの心地良い疲れが消えて、鉛のように体が重くなる。
怖い。私はこれから何をされるのだろう)
そんなに怯えないでよ
オレはただ、話がしたいだけだから
(……話?)
うん。この間の飲み会のことでちょっと
アンタさぁ、○○に言ったんだってな
オレに酷いことされてない?とかさぁ
酷くね?アイツから聞いてショックだったんだけど
なんで初対面の女に陰でコソコソそんなこと言われなきゃいけねーの?オレ、アンタに何かした?
(彼に背を向けたままだった私の前にひょこっと顔を出して「何もしてねえよなぁ?」と言いながら覗き込んでくる。
目が、あの子を見る時とは別の意味でギラギラしている。……正直怖い)
ま、オレのことは別にどうでもいいんだけど
問題はアイツだよ。○○のこと
なんつーか、つまりさ…
「余計なこと言うな」って話
アンタお節介っつーか、正義感が強いんだろうね。困ってる奴とか弱ってる人間見ると放っておけないタイプ?
あは、立派だねー。でもさ世の中ってフシギで、マジメな奴や優しい人間ほど損をする仕組みになってんの
ほら、よく言うっしょ?
いい人ほど早く死ぬとか何とか
(『死』という単語に思わず体がビクッとなると男が吹き出した)
大丈夫だってぇ。殺すつもりなんてねーから、今は
(……今、は?)
(こっちが不安な顔のままでいるのに気がつくと「あ、オレ昔人殺して年少入ってたの。ネンショー。分かる?少年院のこと」とあっさり言ってのけた)
兄貴と二人で族の男やっちまってさぁ
頭丸刈りにしてダッセェ格好でオレらみてーな悪い奴らと一緒に過ごした時期があったんだよね
あ、興味ない?こんな話。ワリィワリィ
(兄貴と二人で族の男、のところで思い出した。
以前、六本木の会社に勤めている兄がこんな話をしていたことがある。
「詳しくは知らないんだけど、この間都内で最大とか何とか言われてる暴走族?のトップをまだ12か13くらいの二人の兄弟がノシちまったらしいよ。で、そいつらが今は六本木仕切ってんだって。
名前?えーっと何だっけ…あ、そうだ。
灰谷ランとリンドウ、だったかな?
俺は見たことないから顔とかは分かんねえや。でも12やそこらのガキが族のテッペンやるとかマジおっかなくね?どんなガキだよって(笑)
六本木で働いてて言うのも何だけど絶対関わりたくね〜」
そう言って兄は呑気に笑っていた)
(はいたに、りんどう…)
(カラカラに乾いた声で小さく呟くと彼の顔色が変わった)
へえ…アンタ、オレのこと知ってたんだ
ならなんで飲み会の時言わなかった?
空気読んでくれたから?それとも○○のため?
でも流石オレら。こんな田舎町にまで知れ渡ってるなんて嬉しいねえ
(人を殺して少年院にまで入ってるのに何が嬉しいのか…)
(つい睨んでしまったけど、幸い男には気付かれなかった)
なんか脱線しちまったな
とにかくアイツ…○○にはオレが危ないだの関わらないほうがいいだの、そういう余計なことは言うなよって話
じゃないとオレ、アンタの周りの奴に何するか分かんねーよ?
(……私の、周り?)
うん。だってアンタみてぇなタイプはそっちのが効くじゃん
自分より他人を大事にする、っつーの?
私はどうなってもいいからあの人には手を出さないで!とかそういうベタな台詞が似合いそう
アンタの家族、友達、恋人、同僚…あと近所の人間とか?
あはは!不良に脅されてた奴と家が隣ってだけで襲われて病院送りにされちゃあ堪んねえよなア!?
(男はおかしそうに腹を抱えて笑う。
怒りで手が震える。思わず「クソ野郎!」と罵ってしまった。
が、彼は「それ、オレにとっては最ッ高の褒め言葉。サンキュウ♡」と笑みを浮かべるだけだった。
胸糞悪くて吐きそうだ。軽く目眩までしてきた。
なんで…どうしてこんな男に彼女みたいな子が、)
○○みたいなイイ子が、どうしてオレなんかに目をつけられたんだろうって?
逆だよ。いい奴だから目をつけられちまったんだ
(また頭の中を読まれた。…本当に何者なんだ、この子は)
ははっ、アンタ顔に出すぎ!
そんなに表情豊かだったら別にオレじゃなくても分かるっつーの
…でもさぁ、そういうところも自分以外の誰かに尽くそうと頑張るところも、ほんのちょっとだけ○○に似てんだよな
(そう言いながら私を見て…一瞬、泣きそうに顔を歪めた気がする)
オレさ、ホントにアイツが好きなの
好きで好きで仕方ないんだ。自分でも、もうどうしていいのか分かんないくらい
なあ、聞いてくれる?
○○を好きになってからもうどんな女とキスしてもセックスしても気持ち良くねえんだよ
いや、触られたら普通に勃つし射精したら流石に体は気持ちいいよ?
でもなんつーの、心がさ…満たされないっていうか。やってる最中もずっとアイツのこと考えちゃうんだよなぁ
だからもう最近は○○の写真見ながら一人で抜いてばっかだわ。好きでも何でもねえ女とやるよりそっちのほうが遥かに気持ちいいもん
…本当は他の女よりアイツとやりたい
名前を呼ばれるのも触れられるのも、全部○○がいい。○○じゃなきゃ嫌だ
可愛い、可愛い…オレの○○
オレだけの○○
(自分の顔を両手で覆い隠し、うっとりとした声で呼ぶ。
……この男に目をつけられた彼女が気の毒に思えて、顔を伏せた。
次からどういう態度であの子に会えばいいのだろう。もう確実に今まで通りという訳にはいかない。
なのに…)
アンタはオレと○○の邪魔さえしないでくれたらいいんだ
簡単だろ?今まで通り、普通に過ごすだけだぜ
厄介なことには首突っ込まないで、オレとアイツが一緒にいても見て見ぬふりするか、テキトーに流してくれりゃあいい
だから変に意識しすぎて○○と距離置いたり余計なこと言ったりすんなよ?
アイツ…アンタのことが好きみたいだからさ
だから、なるべくこれからも表面上だけでいいから良くしてやってほしい。こんなことオレが言うのもおかしいけどな
ああ、ちなみに好きって信用してるとかそういう意味だぜ?
悪いけどオレ女にも容赦しねえからアイツがアンタを恋愛感情のほうで好きとか言い出しやがったらムカついてブン殴るかもしんない
…自分より体格も力もない奴をボコしたって気持ち良くも何ともないから、出来るだけそんなことさせないでくれると嬉しいんだけど
(そう言ってこちらに背を向ける)
じゃあ、そういうことだからオレ行くわ!
これから○○んちで一緒にメシ食う約束してんだ
へへ、アイツ料理しながらオレのこと待ってるって言ってくれたからさっきからもうずーっと楽しみでソワソワしてたっつーの
また機会があったら飲もうぜ〜
オレまだ10代だから酒は飲まないけどなあ
(ひらひらと手を振りながら去っていく。
彼の姿が見えなくなった途端、力が抜けて倒れそうになった)
(未成年で、六本木を仕切ってて、少年院に入ったこともある不良で、人を殺してて。
そんな男が私の後輩を、私を慕ってくれてる子を…)
(…)
竜胆、どう?美味しい?