「竜胆。○○さんの体押さえとけ」

「…………は、……え?」

 竜胆も、ぽかんと口を開けて、何が何やら訳がわからないといった様子だ。……いや、私よりも呆けている。目が現実を見ていない。蘭さんのほうを向いているのに、どこか遠くを見ているようにも見える。

「え? じゃねえよ。いつまでもボケっとすんな」

「ら、蘭さん、なに? そんなもの持って、あぶな、」

「危ない? あぁそうだよ。危ないから持ってるんだ。これで人を切りつけたら、殺すことができるからな」

 そう言って、にっこり笑った。

「……ゃ、いや……」

「りーんどー。いつまで突っ立ってんだ? さっさとしろって、オラ」

 長い脚で弟の膝を軽く蹴る。

「にい、ちゃん……?」

「早くコイツを拘束しろって。逃げられんだろ」

「ゃ、やだっ……いやぁッ!!」

「るせぇ、ピーピー騒ぐな。頭に響く」

 顔をしかめながら、こめかみを押さえた。

 こ、れが、蘭さん……なの?
 優しかったあの彼が、こんな……、いや、今はそれよりも……。
 頭のなかで警報が鳴り響く。まずい。すぐにここから逃げなければーー。

 包丁を持った彼から目を離さないまま、さっと距離を取ろうとしたその瞬間。
 腕を強く掴まれて、

「ッ、が゛っ ァ」



 ……、

 ……何、なにが、起きたの?

 痛い。鼻が、頬が、顔が、痛い。

 ばん、って音がした。目の前で……何かが破裂、いや爆発したような……。
 自分の体が、一瞬宙に浮いた気がする。その次の瞬間には物凄い衝撃を受けて、床に倒れた……んだよね?
 震える手で、顔を押さえる。……顔? なんで、わたし、顔がこんなに痛いの……。

 床に座り込む自分の上に影がかかる。
 恐る恐る見上げたら、蘭さんがぞっとするほど冷たい目で私を見下ろしていた。
 彼は私に跨るように屈むと、私の髪を掴み上げ、包丁の切っ先を頬に当ててきた。

「、ヒッ……!!」

「次逃げたり抵抗したら平手打ちじゃ済まねえの、分かるだろ? ○○さんのカワイイ顔、ずたずたになっちゃうなぁ」

 ……あの、目の前で何かが爆発したような感覚は頬を打たれたのか。

 息が苦しい。恐怖で歯の根が合わない。
 こわい、こわい、こわい。


梵天ルート2