あ、
(思わず出た声に自分で驚き、慌てて口を押さえた。
……あの女だ。
急いでいるのか、小走りで公園を突っ切っていく。
竜胆は彼女の顔を見た瞬間、ぶわりと何か得体の知れない感情が込み上げてきた。
とてつもなく激しく、今まで体験したことのない感情に襲われて自然と息をするのを忘れていた。
ごくり、と唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる)
…
(彼女から目を離さないまま、竜胆は静かに跡をつけた)
(彼女が足を踏み入れた建物はアパートのようだった。電柱の陰に隠れて、こっそり様子を伺う。
恐らく、あそこが自宅なのだろう)
…
(彼女はアパートの中に入っていき…やがて、とある一室が急に明るくなった。
自室に入り、電気をつけたのだろう。
カーテンを引いたそのシルエットは確かに女のものだった。
竜胆は下から階数を数えてから、電気のついた一室を見て目を細めた)
(…なるほど、あそこか)
(どうやら彼女はあの部屋で生活しているらしい。
覚えておかねえとな、と竜胆は無意識のうちにそう考えた。
もうしばらく見ていたいが、これ以上ここにいても多分今夜はもう何の収穫もないだろう。
日を改めて、出直そう。
住所はもう分かっているから、会おうと思えばいつでも会える。
そして帰宅時間も大体分かった。
竜胆は気づいたら微かに笑っていて、そんな自分に驚いて手で口元を隠しつつも再び口角を上げた。
また会える。また会えるんだ。
今は分からないけど、きっと近いうちに自分は彼女の名前を呼ぶことになるのだろう。
そう思ったら自然と頬が緩んだ。
「またな」
そう心の中で小さく呟いてから、竜胆は停めている自分のバイクの元へ向かった)