「落ち着いた?」
「……ん」
「ウン……」
二人とも鼻声だ。思わずカワイイと声が出た。私がクスクス笑ったら兄弟揃ってそっぽを向いてしまった。あらら……。
私が「竜胆」と名前を呼ぶと、彼は目だけをこっちに向ける。
「蘭さんにゴメンなさいして」
「……?」
「あんなに思い切り人を殴ったら痛いでしょう? ほら、蘭さん口からも鼻からも血が出てるよ」
「ちょ、恥ずかしいから○○さんあんま見ないで」
蘭さんが自分の腕で顔の血を拭った。竜胆がチラッと兄の顔を見る。蘭さんのほうも少し遅れて弟を見つめ返した。
「…………ゴメン。殴って」
俯きながら謝る竜胆。蘭さんは何も言わず無言で弟を見ている。
私が「ちゃんと謝れたね。偉い偉い」と頭を撫でると、竜胆は照れ臭いのか、顔が赤くなった。
「ほら、蘭さんも。竜胆に酷いこと言ってゴメンねって」
「……。悪かった」
二人とも、謝るときは気まずそうに下を向くんだ。やっぱり兄弟だなぁ…なんて思いながら「蘭さんも偉いね。流石お兄ちゃん」と、竜胆と同じように頭を撫でてあげる。彼は頬を染めてじっと私を見た。
「じゃあ、これで仲直り。ね?」と言って二人の手を握ってあげたら、蘭さんがボソッと「……幼稚園の先生かよ」と呟いた。竜胆が吹き出す。
「もう、またそうやって……でもそれじゃあ二人は園児ってことになるけどいいの?」
「げ。それは勘弁」
「俺はいいよー。○○さんが先生なら喜んでなるわ」
「マジかよ……」
竜胆が嫌そうな顔をすると、蘭さんがクスッと笑って私の頬を撫でた。
「ね、先生。さっき言ってたこと嘘じゃないよな。俺たちの傍にいてくれる、って……本気でそう言ってる?」
蘭さんと竜胆、二人がこっちを見る。
「俺たち、アンタに酷いことしたよ。嫌われても距離置かれても仕方のないこと。なのに今までと同じように接してくれるの? ……本当に出来るの? そんなこと」
蘭さんは真面目な顔で私を見つめ、竜胆は眉を寄せて不安そうな表情をしている。
私は少し黙ったあと、口を開いた。
「さっきも言ったけど、二人のことは許せないよ。あの時は本当に怖かったから。これから先、どんなに謝られてもどれだけ時間が経っても許すことはできないと思う」
あの恐怖は二人には分からない。暗くて汚いトイレに連れ込まれて服をびりびりに引き裂かれた私にしか分からない。だから、この先も許すことができる日なんて多分一生来ないし、あの時のことを私は死ぬまでずっと忘れない。……忘れられない。
「だけど……だけどね。それでも二人のことは大好きなんだ。自分でもおかしいって思うけど、二人が好きっていう気持ちは変わってないんだ。
だって、竜胆も蘭さんもずっと私に優しくしてくれたから。ずっと私を好きって言ってくれていたから。
私に酷いことをしたのも優しくしてくれたのも同じ二人なんだったら、私はそんな君たちを丸ごと受け入れたいって思うの」
私の話を黙って聞いていた竜胆が顔をくしゃっと歪めて言った。
「……お前、変だよ」
「そうかもね。でも二人にはお似合いでしょ?」
「プッ……ははっ! 言うね」
蘭さんが吹き出した。竜胆が私を抱き締める。
「○○、好き。大好き。もう、ぜってー離してやんねえ」
「俺も」
竜胆と同じように蘭さんからも抱きつかれる。
「じゃあ、俺らが死ぬときは○○さんも連れてこうかな。……一緒に地獄に堕ちてくれんだろ?」
「うん、そのつもり。でも自分で死ぬのは怖いから最後は二人に殺してほしいな」
「そんなのお安い御用。な? 竜胆」
「……オレたちは○○といられて幸せだけど、○○は幸せになれないかもしれないよ。これからもきっと色んなことでお前を傷つけたり、負担かけたりすると思う。それでもいいの? それでもオレたちを愛してくれる?」
「うん、いいよ。何があっても、二人がこの先どんな人間になったとしても、離れないで傍にいてあげる」
「……嬉しい」
感極まった様子の竜胆から、ぎゅうううっと強く抱きしめられる。く、苦しい。
「すげー幸せ。オレ、もう死んでもいいかも」
「お前が今死んだら俺が○○さん一人占めすんぞー」
「それはイヤ!!」
兄に取られまいと、更に抱き締める力を強くする。
「りん、ど……ぐるじぃ……」
「あッ、ごめん!」
「ウケる、○○さん竜胆に締められて顔真っ赤なんだけど(笑)でもそんな顔もかわいー♡」
唇を避けて、蘭さんが私の顔中にキスしまくる。
「……ね、○○さん。嫌だったら嫌ってハッキリ言ってほしいんだけどさ」
「……エッチしたい」
「!?」
「はぁっ!? 何言ってんだよ兄貴! ○○の苦しそうな顔見てコーフンした!?」
「そうじゃねえけど、心が繋がったんだから次は体も繋げてえだろ。お前はしたくねーの?」
「いや、そりゃ……したくない……わけはねぇけど……」
「だろ? ねぇ、○○さん」
屈んで、目線を合わせるように顔を覗き込んでくる。
「俺たち、まだまだガキだけどやっぱ男だからさ。好きな女とキスもしたけりゃセックスもしたいって思うんだよね。俺たちと違って○○さんは大人だから分かってくれるだろ?」
私を大人だ、と言ってはいるが、まるで子どもに言い聞かせるような話し方だ。私の表情が険しくなったのに気づいたのか、蘭さんはハッとして困ったように垂れ気味の眉をさらに垂れさせてバツが悪そうな顔をした。
「や……、あー、ごめん。こういう言い方はダメだよな。分かってんだ、自分でも。
今みたいに相手を煽る癖があるのは自覚してるし直す気なんて今更ないけど、それを好きな女相手にやっちゃいけないよな。ほんと、ゴメン。狡い言い方して。
……でも、アンタと体を繋げたいって思う俺の気持ちは分かってほしい。俺も竜胆も滅茶苦茶優しくする。絶対に無理やり突っ込んだり生で挿れたりしないから。……ダメ?」
体はおっきいのに、まるで子犬のような顔をしている。飼い主に叱られて落ち込んでるように見える。彼から「クゥーン……」と幻聴のようなものまで聞こえた。幻聴のような、というか確実に幻聴なんだが。
……そんな顔で頼んでくるの、ズルいなぁ。
「いいよ。しよ」
「……ほんと?」
「ただし、少しでも乱暴にしたらすぐやめ……、っわ!」
蘭さんに強く抱きしめられて、最後まで言えなかった。
「ありがとう……。○○さん……○○、大好き」
嬉しそうに顔を首筋に擦りつけてくる。……彼がいつも使ってるシャンプーのいい匂い。
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